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秋・・・ぽかぽか陽気と読書熱 [超偏り型読書記録♪]

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こんにちは~こちらは、秋晴れのよいお天気です。
家にいるのがもったいないくらいのぽかぽか陽気・・・^^

今は、 今月のお仕事が完了したので、ちょっと心が軽くなっています。
庭作りや旅行もしたいのですが、読書や料理、創作活動と、やることがいっぱい。
近所の図書館通ってますから、どこぞの図書館で会えるかもですヨ。(べつに会いたくないか笑)
集中しているうちに、時間はあっという間に過ぎていくんどすえ。

そういえば昨日、WOWOWで「ロードオブザリング3部作」の映画放送してました。
むか~し昔・・・まだ「ハリーポッター」が流行る前、図書館で原作「指輪物語」を借りたことがあって。
でも当時は、分厚くてとても読み切れず、さわりだけ読んで返しちゃって^^;
時間もとれず、読書はあきらめたのですが・・・今なら本も読破できるかしら?

あの頃は、岩波少年文庫を立て続けに読んでいて、「トムは真夜中の庭で」「風にのってきたメアリー・ポピンズ」「ナルニア国ものがたり」などに出合ったのもこの時期。
あと湿地屋敷が出てくるお話・・・「思い出のマーニー」も読んだなぁ。
これ昨年アニメ映画化されましたよね。監督は「借り暮らしのアリエッティ」の米林宏昌さん(スタジオジブリ)。
映画では、マーニーやアンナちゃんよりも、最後のほうに出てくる眼鏡少女の友達に、シンパシーを感じたっけ。
その後も「クローディアの秘密」「たのしい川べ」「飛ぶ教室」「ニルスのふしぎな旅」「ゲド戦記」などいろいろ読んだけど、出版数が多くてとても読み切れません。

面白そうな本・・・とくに児童文学とかファンタジーが好きで、よく読んできた気がします。
私自身は、読書家じゃないのだけど、父が本好きだったから、本は家にいっぱいあったなぁ。
「赤毛のアン」や「オズの魔法使い」シリーズなどの文庫は、父から薦められて読みましたっけ。
子供の頃は、推理小説とか冒険小説みたいなのが好きだったので、「明智小五郎」「アルセーヌルパン」「エラリークイーン」などは小中高時代にお世話になりました。福島正実さんのSFも好きだった!!!
ひとり暮らしを始めてからは、女の子が主人公の小説にハマりました。たぶん、自分と重ね合わせたからでしょうね。
VCアンドリュース「ヘブン」シリーズ(女の子が主人公のゴシックロマン)、ジュリーDスミス「魔法十字軍」シリーズ(←これ結局全巻手に入れる前に絶版になっちゃったみたい泣)が好きでした。

今でも、ゴシックファンタジーとかゴシックホラーなどには心惹かれます。このへんの分野は、小説よりも映画で観たほうが、数倍おもしろく感じますね。「ロードオブザリング」もそうでしたが、想像力を遥かに超えた恐ろしくて美しい映像が見られますから!なんというオソロシアな世界!!!

ここ最近では、「書店ガール」シリーズ3巻まで読みました。
理子さんも亜紀もどちらも仕事への情熱がすごい!!!企業で働いている人にはお薦めしたい本ですね。
私ももっと早くに読んでいればなぁと思いました。
古典では、「オイディプス王」←これはギリシャ悲劇の傑作と呼ばれてる本ですが・・・実際にかなりやばい本でした。「神託」からは逃れられないのかぃ・・・って思います。占い好きとしては「ギリシャ神話」も押さえておきたい分野ですネ。結構エグイ話もあって引きますけど・・・。
あとホメロスの「イリアス」と「オデュッセイア」。あらゆる物語の原点ともいわれているこれらの本。
私の尊敬するシュリーマンも「イリアス」を読んでいたんだなぁって思うと、心がメラメラと萌えて、いえ、燃えてきます。

図書館にはまだまだ読んでない本が山ほど!!!
あれもこれも読みたくて、高まる読書熱(`-´*)ドッカーン[どんっ(衝撃)]

★後日談・・・ちなみに、トールキンの「指輪物語」を図書館で探したら、なんとまあ5~6センチはある分厚さ!!
重いでしょ!?これ、装丁は素敵でしかも適当に古びていて・・・こんな素晴らしい本、借りれないよ~^^;というわけで、またもや断念。私には敷居の高い本なようです。電子ブックで探してみるか・・・。


2015-10-26 15:05  nice!(6)  コメント(0) 
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タオ 老子 [超偏り型読書記録♪]

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タオ―老子 (ちくま文庫)

タオ―老子 (ちくま文庫)

  • 作者: 加島 祥造
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2006/10
  • メディア: 文庫


老子が生きていたのは、約2500年前だといわれているそうです。
その古代中国の人の思想が、現代に蘇りました。
この本は、老子の思想を、詩のようにわかりやすくまとめられている、珍しい本です。
思想本が難しいと思っている方に、おすすめします。
疲れた時の心の栄養ドリンクですよ~^^


2012-08-01 16:50  nice!(2)  コメント(2) 
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RDG レッドデータガール [超偏り型読書記録♪]

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大好きな荻原規子さんの最新現代ファンタジーです。シリーズは1~5巻まで出ています。主人公は、姫神を宿す泉水子ちゃんなのですが、私が気になるのは、山伏修行中の深行くんのほうです。
というのも、うちの先祖は「山伏」だったといわれているからなんですよ。
白装束に大きな数珠の首飾りをつけた異様な姿で、裸足で山を歩き続けている修験道者・・・それが、私のイメージする山伏の姿なのですが、この本のシリーズに出てくる山伏はちょっと違うかも知れませんね、どうなのかな?
まだ、1巻しか読んでませんので、これからが楽しみです。
この秋は、たくさん本を読みたいと思います♪


2011-08-21 16:49  nice!(5)  コメント(0) 
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夜来たる アイザック・アシモフ / 美濃 透 訳 [超偏り型読書記録♪]

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「夜来たる」は、アイザック・アシモフ先生のベスト短篇だと言われています。
この作品は、アシモフ先生が作家として2年半のキャリアを積んでいた21歳の頃、
アスタウンディング・サイエンス・フィクション誌の編集長と、以下の詩について議論をしたことがきっかけとなって書かれました。


~ もし星が千年に一度、一夜のみ輝くとするならば、人々はいかにして神を信じ、崇拝し、幾世代にもわたって神の都の記憶を保ち続ければよいのだろうか。          by エマーソン ~


じつは、「夜来たる」には、今の2012年問題がちょっと重なるんです。
「文明の崩壊する理由」についてのアシモフ先生の想いも読みとることができますよ。
立場を変えて、登場人物たちが、ああでもないこうでもないと語っていますので、要チェックです。

「夜来たる」は、何度読んでも、色褪せません。
どうしてなのでしょうか?
たぶん、こういうことに起因するのではと思います。↓

・地球上では当たり前なことを、当たり前でない視点からとらえる・・・非日常のワクワク感。
・刻一刻と近づいてくる日没=文明の終わりかもしれない瞬間を待つ登場人物のどきどきする心情。
・夜とはこういうものだとわかっていて、予測しながら読むことができる楽しみ。


2049年のサイクルでやってくる壮麗な「夜」と「星々」の世界を、一緒にどきどきしながら待ち、体験しましょう。


2010-07-28 14:28  nice!(0) 
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まぼろしの小さい犬 フィリパ・ピアス作 [超偏り型読書記録♪]

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まぼろしの小さい犬
フィリパ・ピアス 作/猪熊葉子 訳(岩波書店)

何歳だったかな、一番最初に犬を飼いたいと思ったのは・・・?
この本を読んで、記憶をたどると、
私の場合は、小学校に上がる前でした。
犬が飼いたいと両親に話したところ、知り合いが、白い犬をくれたのでした。
名前は、「カピ」。
とあるテレビアニメに出てきた犬とそっくりということで名付けました。
(ちなみに、ねこには、「にゃー」と名付けました。なんでかというと、にゃーにゃーいうからでした)

この物語の主人公の男の子、ベンには、想像上の理想の犬がいて、名前も決めていました。
でも、実際にもらえることになった犬は、その名前にちっとも似つかわしくなかったので、がっかりしてしまうのです。
空想の犬と本物の犬。
どちらを飼いたいでしょうか?
もしも、自分が思い描いた通りの犬が目の前に現れたら、いいですね。
けれども、現実は、最初に犬を飼う時は、知り合いから子犬をわけてもらうことが多いのではないでしょうか。
ベンは、犬を受け入れられなくて、とうとう大変なことになってしまいます。

ベンの気持に、共感したり、それはないだろうと思ったりしながら読み進めていくのですが、
最後に、感動のラストが用意されています。
情景が素敵です。

私が、この本を読んだのは、大人になってからでした。もしも、子供の頃に読んでいたら、また違った感想を抱いたかもしれません。
この頃は、バーチャルな世界でもペットを飼える時代になりました。
この本を、現代のお子さんが読んだらどんな感想を持つのだろうと、非常に興味深いです。


2010-06-14 00:58  nice!(0)  コメント(0) 
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大学・中庸 金谷治 訳注 [超偏り型読書記録♪]

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~ はしがき より ~

 「大学」と「中庸」とは、「論語」と「孟子」にあわせて、『四書』とされ、
儒教の代表的な経典としてひろく読まれてきた。
「大学」は孔子の門人の曾子の作、
「中庸」は曾子の門人の子思の作、そして子思の門人に学んだのが孟子であったとして、
『四書』を学ぶことによって儒教の正統的な血脈がそのままに体得できると説明された。
宋の新儒学としての 朱子学 からあとのことである。
「大学」と「中庸」は、朱子の顕彰によってこそ有名になったのである。
 実際、『四書』の注釈の完成に注いだ朱子の努力は、並み並みのものではなかった。
統一的な哲学的立場からするすぐれた深い解釈によって、それは朱子学としての体系のなかにしっかりと組み込まれている。
近世では、中国だけでなく朝鮮でも日本でも、朱子学の伝播とともに「大学」と「中庸」はその一環として特別に重視された。
「大学」は「初学入徳の門(いりぐち)」として『四書』の中でもまず第一に学ぶべきもの、
「中庸」は最も深遠なものとして『四書』の最後に学ぶべきものであった。

                                  ~以下省略~

「大学」と「中庸」は、もともと、「論語」や「孟子」と並ぶような本ではなかったそうです。
しかして、その内容は、「論語」「孟子」「荀子」などを受け継ぎ、儒学をわかりやすくまとめていて、
儒学を代表する古典として抜粋されるにふさわしいものといえたようです。
12世紀に、朱子が『四書』としてまとめ解釈したこれらを読むことは、当時の朱子の哲学を学ぶことになります。
この本の訳注を書かれた 金谷さんは、なるべくならば、朱子を離れて原義を明らかにしたいと願って苦心しつつ
本書を書かれたとのことです。

わたしは、故事ことわざが好きです。
それらには、人間の人生における叡智が隠されている、もしくはおおきく謳われているように思うのです。
小さな人生の中でも、悩むことはたくさんあります。
ふと思い立った時に、手に取った本が、自らの状況を励ましてくれることってありませんか。
今回、わたしは、この本の中で、こんな言葉を見つけました。


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「中庸」 第八章より

「学を好むは知に近し、力(つと)めて行なうは仁に近し。恥を知るは勇に近し



恥を知るは勇に近し・・・ まったく思いもよらない考え方でした。
わたしなら、恥をかけば、もうみんなにあわせる顔もないとひどく落ち込んで、時が忘れさせてくれるのを待つばかりですから。
それを、勇気に結びつける考え方に、凄く心を打たれました。
哲学の本には、読後に貴重な心の変化を得られる作用があります。
悩んだとき、心の向きを変化させたい時には、よくよく読んでみることをおすすめします。
心の宝のような言葉が、見つけられたら、人生変わりますよ!
よくよくです、よくよくですよ~!
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2008-10-15 14:05  nice!(1)  コメント(0) 
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アルハンブラ物語(上) アーヴィング著 平沼孝之訳 [超偏り型読書記録♪]

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憧れはあっても、まったく自分と縁なんかなさそうだと思っていた国、スペイン。
この本を読む前のスペインの国のイメージといえば、ギターとフラメンコの踊りが盛んな太陽のまぶしい情熱の国。
一方で、冷静で踊れず、ギターも弾けず、もの静か?な日本人のわたし・・・・。
スペインの知っている都市といえば、アンダルシアとマドリードくらいっ(:。;)あらら、浅はかな。
それがですね、
読み進めていくにしたがって、なにか不思議と、
スペインという国に対して、懐かしい気持ちがふくらんできてなりませんでした。

この「アルハンブラ物語」は、アーヴィングさんが公使館書記官として滞在していた時の、
スペイン旅行記なんだそうです。
その旅行の間、まかないの世話をしてくれた従者を、「サンチョ」と呼んで可愛がっていたのだといいます。
「サンチョ」は、「ドン・キホーテ」←(スペインの物語です。騎士道精神に魅せられた滑稽な男の長い物語)に出てくるすばらしき従者「サンチョ・パンサ」に見立ててるんですね。
そういう味付けが、素敵です!

アーヴィングさんは、上巻の始まりに、
一緒に旅をしたスコットランド出身画家であるデヴィッド・ウィルキーさんに宛てた手紙を載せています。


~(略)
貴兄は、そんな折ふし、わたしに向かって、こんな遺風がものを言う世界を描いてみないか、つまり、
スペインに遍く行き渡っているこのアラビア風味を効かせた「ハールーン・アッラシード流の探訪記」を、
と勧めてくれたのです。
貴兄にこんな思い出ばなしをするのも、
この本に対しては、貴兄もある程度責任があると言いたいためです。
わたしは、この本で、
現実の人生模様を「アラベスク風」にスケッチした二、三の話や、民間伝承に基づく物語を試みてみました。
その多くは、イベリア半島のかつてのモーロ系スペイン人の王宮のひとつに滞在中、走り書きしたものです。
わたしは、これらの頁を、あの冒険的な土地で、貴兄とともに目撃した楽しい数かずの場面の思い出として、
また貴兄の画業への尊敬というよりは崇敬の証として、捧げさせていただきたいと思います。
                                     貴兄の友にして道連れであった    著者
※アラベスク風とは、アラビア風と同じ意味
                                                                   』

おそらくは、友人のデヴィッドさんが描いたのだろうと思われるスケッチ風の挿絵が、
本のところどころにあります。
いい感じに旅の雰囲気を盛り上げてくれています。

スペインでは、8世紀前半から、グラナダが攻略陥落されるまで、
キリスト教国にありながら、唯一のイスラム教徒「モーロ人(アラブ系や現地民との混血民族」が、
王国を維持していました。。
歴代のモーロ人の王が、代々居城としていたのが、「アルハンブラ宮殿」だったといいます。
この宮殿は、キリスト教団率いる軍勢に敗れた時に、破壊されずに残されました。
イスラム的豪奢をほどこした宮殿の有り様が、あまりに美しかったためだと云われています。
この本は、そんなアルハンブラ宮殿にまつわる伝記や史実をまとめたものとなっています。


2 アルハンブラ宮殿         ~引用
ロマンスの国スペインの年代記に分かちがたく織り込まれている、
史実とも詩とも見分けがたい世界に惹かれ、
そのとりことなった旅人には、
アルハンブラは、敬虔なイスラム教徒のだれもが詣でたいと願うカアバ神殿にも比べられる、
巡礼の聖地のようなものだ。
史実と虚構を取り混ぜ、なんと多くの伝説、伝承が、
そして、愛と戦いまた騎士道を主題とする、
なんと多くのアラブの、またスペインの歌やバラッドが、このオリエントの城と結ばれていることだろうか!
                                                                 』


下巻を読むと、そんなアーヴィングさんが集めた、さらにたくさんの物語が描かれています。
ひとつひとつ、大事に読んでいきたいお話の数々です。


2008-07-09 17:19  nice!(1)  コメント(3) 
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「ごんぎつね」新美南吉 作 [超偏り型読書記録♪]

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みなさんは、「ごんぎつね」のお話を知っていますか?
幼いころに読んでもらったり、教科書で習ったりしたことがあるかも知れませんよね。
とてもとても悲しい童話です。
わたしは、これを読むたびに、胸が痛くてたまらなくなります。

仔ぎつねの「ごん」は、いつも、村でいたずらばかりしていました。
ある日、「ごん」は、村の百姓「兵十」どんが捕まえたうなぎを、いたずらして、逃がしてしまいます。
後で、「ごん」は、「兵十」どんのおっ母のお葬式を見かけます。
そして、気がつくのです。
自分があの時、逃がしたうなぎは、「兵十」どんが、病気のおっ母に食べさせようとしていたものだったことを。
きっと、おっ母は、うなぎが食べたい食べたいと言って死んだのだろうと。
「ごん」は、
「兵十」のおっ母が亡くなってしまって、ひとりぼっちになった「兵十」を見かけます。
そして、
ごんは、償いを始めます。
手始めに、「兵十」どんのために、いわしを盗んで家の中へ放り込みます。
ところが、そのために、かえっていわし屋から、盗人よばわりされてひどいめにあった「兵十」どん。
ごんは、しまったと思い、今度は、栗をひろって、そっと家の中へ置いていきます。
時には、まつたけも。
ところが、ある日、いつものように栗を持ってきた「ごん」を、
「兵十」どんは、いたずらをしにきたと勘違いして、火縄銃で撃ち殺してしまうのです。
そして、その時になってやっと、「ごん」が栗を運んできたことに気がつくのです。


「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」
「ごん」は、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
「兵十」は火縄銃をばたりと、とり落としました。
青い煙が、まだ筒口から細く出ていました。


悲しくていたたまれない気持ちのする結末です。
「ごん」は、いつも、村をぶらぶらしていたいたずらものでした。
悪いきつねだったかもしれません。
でも反面、感受性豊かで想像力もあり、
自己の判断のもと、すぐに行動に移せる賢いきつねだったと思うのです。
間違いを犯すまで、善悪の判断がつかなかっただけなのです。
もし、この「ごん」が、「てぶくろを買いに」の仔ぎつねのように、お母さんに見守られて育っていたら、
きっと、このような悲しい死に方はしなかったでしょう。
「ごん」は、仔ぎつねが思いつく、できる限りのつぐないをしました。
作中、
「ごん」の行動と心の変化が、とっても活き活きと書かれているため、
こんなにも、「ごん」に感情移入してしまうのかも知れません。
そして、そんな「ごん」を、知らずに撃ってしまった「兵十」どんの胸の痛みを考えるとき、
悲しみは、一層深くなります。

間違いから学び、相手を思いやることを行動であらわした「ごんぎつね」。
その健気な想いは、夜空に輝く星になりうるくらい素晴らしいものだと、
わたしには、思えるのです。

「ごん」、ありがとう。
新美南吉さん、ありがとう。





2008-06-12 16:23  nice!(1)  コメント(2) 
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深き淵よりの嘆息「阿片常用者の告白」続篇 ド・クインシー作 野島秀勝 訳 [超偏り型読書記録♪]

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ド・クインシーさんは、イギリスロマン派の名文家として知られる人。
この本は、阿片を使ったご自身の体験にもとづいた人生の告白本です。
私は、いちばん最初の「端書き」が、好きなのです。
本編の陰鬱な自伝の内容よりも、端書きのほうが、
クインシーさんの言いたかったことが、より一層伝わってくる感じがします。
「夢を見ること」の意味について、深く考えている方におすすめです。

~端書き~より
 壮麗な夢を見るこの機能が潜んでいると思われる人の数が如何ほどあろうと、この機能が発現している人は、恐らく余り多くはないだろう。
牡牛のことのみ話す人は、多分、夢を見ても、牡牛の夢しか見ない。
およそ思想の高揚とは相容れない日常経験に、かくも大多数の人々を縛りつけている人生の条件というものは、往々にして荘厳な形象に満ちた人々の心の多産な夢機能においてさえ、その崇高な調子を帳消しにしてしまうもなのである。
習慣的に壮大な夢を見るためには、人は是非とも夢想する性に生まれついていなければならない。これが先ず第一に必要なことだが、そういう性が強烈にあっても、ますます増大しているわれわれ現代のイギリス生活の同様によって、それはいとも容易に乱されてしまいかねない。
既に今年、1845年、地上の諸々の王国が閲して来た50年に亘る巨大な革命の進行やら、厖大な物理的作用力の不断の発展――あらゆる方面に応用される蒸気力、人間の奴隷の如く利用される光、教育の上に舞い降りる元来の力と報道機関の加速化、火砲の上に巡り来たる(と見えるかも知れないが、これまた元来の)力と破壊力――やらで、如何に冷静な観察者の眼といえども乱されずにいない。
頭脳は、あたかも何か嫉妬深い亡霊のようなものがわれわれの身内に蠢いているかのように、何ものかに憑かれている。
もしこの巨大な進歩の歩調が遅らせられないなら(これはとても期待出来ないことだ)あるいはこちらの方が多分可能性がありそうだが、それに負けない大きさの対抗力、つまり単に人間的なものの渦巻きへとかくも危うく求心的に突き進むこの人生の嵐に抗って、遠心的に広がり、宗教なり深遠な哲学へと向かう力によって対処し得ないなら、
この混沌とした激動をそのままに任せるなら、事態は災厄へと向うのは必定、それは明々白々となる。
狂気へと向う人もあろう、肉体的麻痺によってそれに反応する人も出てくるだろう。利害の関心が余りにも専ら人間的に過ぎる人生劇場で、このように前へ前へと果てしなく駈け出している状態が、如何ばかりすべての人間に潜んでいる崇高さを打ち負かしてしまい勝ちであるが、それは始終、雑多な人々の間に生きている日常生活の有り様の中に見て取れよう。
”気晴らし”という言葉の用法の一つが、そういう日常生活の有り様をあからさまにしている。
考え感じるという行為が、文字通りちりぢりに散らばり、浪費されているのだ。それを再び集中して沈思黙考の習慣を取り戻さなければならない。その必要は、時々、群衆から身を退いて物事を見ようとする人々すべてが痛感しているところである。
少なくとも自分の生活に孤独の彩りを与えることがないような人に、自分の知的能力を開示できる気づかいは断じてない。孤独ならば、それだけ力も増す。こういう激しい言い方が当を得ていないとしても、人生の賢明な原則が目指すべき所があるとすれば、かかる信条を措いて他にないことだけは、疑う余地もない。
 社会的本能に衝き動かされるかくも激烈な生活によって害われる人間内部の色々な力のなかで、最も酷く害われるのは、夢見る力である。
これを、下らぬことと考えないでもらいたい。人間の頭脳に埋め込まれた夢見る仕掛けは、徒や疎かに埋め込まれた訳ではないのだ。その機能は、闇の神秘と手を結んで、人間が妖しい影と密会する一つの偉大な反射望遠鏡となりおおせているのである。
そして夢見る器官は、心臓、眼、耳と結びあって、無限なるものを人間の脳細胞の中に押し入れ、すべての生命の底に宿る永遠の暗い影を、眠る心の鏡面に投げかける見事な装置たり得ているのである。
 ところが、イギリスにおいて幻のような非現実的な観念と化しつつある孤独がさらに衰退するにつれて、この機能が害われれば、単なる肉体的作用がほとんど異常と言ってもいいほどに、夢見る機能を助け得る、いや、
現に助けるものとなっているのは確実である。
それらの肉体的作用の中に、激しい運動がある。それは少なくとも或る程度、人によっては、夢見る機能を代行する。
が、なかでも阿片こそは、実際、そのような方向に働く特殊な力を持っているように思われる。ただ単に夢の風景の色彩を高めるばかりにとどまらず、その影を深め、就中、その恐ろしい現実感を強める力を持っているように思えるのである。
          ~以下省略

現代では、「夢見る機能」の代行として、ゲーム機器なども登場しています。
自分の人生がむなしく進んでしまい、どうにもならない時は、「気晴らし」も重要ですが、
「夢を見ること」の意味を捉えなおすといいのかもしれません。
現代では、阿片は、禁止薬物です。阿片を使うと、壮麗な夢を見られるという作者の話は、興味深いものがありますが、試すことはできません。
私たちに元来備わっている「夢見る機能」を存分に生かして生きていく。
そういう生き方に、強い共感を覚えます。



2008-05-15 15:00  nice!(1)  コメント(2) 
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アーネスト・ダウスン作品集 南條竹則 編訳 [超偏り型読書記録♪]

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アーネスト・ダウスンさんは、19世紀イギリスの世紀末の時代の詩人です。
ダウスンさんの作品集の中には、素敵な短編があります。
昔なつかしい少女マンガに出てくるような優しい世界が広がっていて、
情景描写も美しく、心ひかれます。
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「ブルターニュの林檎の花」 という作品です。

~一、より抜粋

プリマリエルで聖母昇天祭が行われている、午後の暑い盛りだった。
鳩小屋のある小さな教会で夕の祈りを済ませてきたベネディクト・キャンピオンは ―
プリマリエルでは万事そうだが、夕の祈りさえも町方より早く行われるのだった。―
市場に陣取って、行列が通るのを見物しようとしていた。
その時、ちょうど行列の先頭が広場に入って来るところだった。近在の村から来た男たちが
長い列をなして、帽子を冠らず、聖歌を歌いながら、十字架のあとに従ってやって来る。
みな風情ゆたかなモルビアンの農民衣装をまとっていて、
多くの者は端正なブルトン人の目鼻立ちと峻厳な面差しを持ち、
堂々として気品のある姿だった。
そのあとから、若い娘たちが頭に白い面紗(ヴェール)を被き、旗を持って随いて来る。
― あれはウルスラ会修道院の付属学校の生徒たちだ。それから二人ずつ、
雑多な取り合わせで、
(白い頭巾を被った農婦が、洗練されてはいるけれども風趣に乏しい衣装を着た、
裕福な町人の妻や娘たちと歩いている)
プリマリエルの住人の半分がやって来る ―
それ以外の人間は、キャンピオンのように見物する側にまわって、
市場の栗の木陰に灼けつく陽射しを避けていたのだ。
おしまいに、総勢四、五名の聖職者の一団と、丸い頭の少年たちの小さな合唱団、
それに当教区の司祭ルテートル氏その人が、本を見ながら聖歌を誦(ず)して、
しんがりをつとめていた。~
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ベネディクト・キャンピオンは、40過ぎの独身。
毎年、長期休暇を、プリマリエルの村で過ごします。
そして、この村の修道院の司祭のもとで暮らしている少女の成長を暖かく見守っています。
その少女というのは、幼い頃、両親を亡くし、
父親の友人であったキャンピオンが、その少女の後見人を引き受けているのです。
聖母昇天祭の日、行列の中に、その少女の姿を見つける様子が、間もなく描写されるわけですが、
少女の姿が、キャンピオンの目に一際輝いて見えるのです。
少女は、修道院付属学校を卒業した後の進路を、考えなくてはならなくなり、
修道院でシスターになろうかどうか迷っていました。
司祭は、それよりも少女にとっては、キャンピオンと結婚するのが自然なのじゃないか思い、
そのことを、キャンピオンに進言します。
少女も、キャンピオンのことを想っており、心の中で、結婚の申し出を期待しているのですが、
キャンピオンは、戸惑います。

そういった流れに、美しい情景描写が加わり、淡い恋物語がすすんでいきます。
ほんとうに、白いりんごの花の香りがするようなお話です。                                                                        9117986.gif    




2008-04-17 14:43  nice!(0)  コメント(2) 
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サキャ格言集 サキャ・パンディタ著 岩波文庫 [超偏り型読書記録♪]

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サキャ・パンディタさんは、13世紀のチベットの人。
論理学、文法学、韻律学、医学、占星術に対し、百を越える著作があると伝えられている学者であり、
一方で、当時、強大なモンゴル帝国との折衝に、チベットを代表してあたったという、熟練の政治家でもあります。
そのサキャさんの格言集457句の中から、いくつか引用させていただきます。


43 国王は自分の国で偉いだけだが
   賢者はどこに行こうと敬われる
   大半の花は一日の飾り  
   宝冠はいたるところで崇められる

68 役に立つ立たないを考えず
   勉強もせず人の言うことも聞かず
   腹を膨らすことだけを考える者は
   毛がないだけで豚と同じである


平和に慣れきってしまっている日本人にとって、
「賢者」は、ゲームの中だけの存在にようになってしまっていますが、
実際の生活の中でも、賢者になれるといいですね。

サキャさんのような政治家であり、詩人であり、学者であるような人物は、時代の波に翻弄されながら、
ご自分の可能性と才能を存分に発揮したことでしょう。
私たちは、ネットによって、なんでもわかる時代に生まれています。
そういう時代にとって、「賢者」たらんとすることは、一体どういうことなのでしょうか。
とても、考えてしまいます。
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2008-03-18 01:12  nice!(0)  コメント(0) 
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古代への情熱―シュリーマン自伝 (岩波文庫) [超偏り型読書記録♪]

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ハインリッヒ・シュリーマンさんは、古代遺跡を発掘した人物です。

古代の詩人ホメロスが書いた詩篇を読み解き、見つけたのは、「トロイ遺跡」。

極めて実際的に長期的展望を持って夢をかなえた彼の人生は、まさに、小説よりも奇なりです。

ドイツ語、英語、フランス語、オランダ語、スペイン語、ポルトガル語、スウェーデン語、イタリア語、
ギリシア語、ラテン語、ロシア語、アラビア語、トルコ語。
これらは、シュリーマンさんが、話して書くことのできた、言語です。
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古代ギリシアの詩人ホメロス。
彼の著書「イリアス」は、架空のお話だといわれていたそうです。
でも、シュリーマンさんには、本当のことだとしか思えなかったようで、
大人になったら、遺跡をみずから発掘しようと心に決めていたといいます。
どんな時も、ずっとその夢を持ち続けました。8731339.gif

シュリーマンさんが生まれたドイツでは、あまりいいことがありませんでした。
母親の病死、父親の停職による学校退学、度重なる失業、病気、戦争などにより困窮した生活が、彼をおそいました。
それでもいつかは、幼なじみの女性と結婚するために、商いで一人前になることを目標に頑張りました。
2人で一緒になり、トロイ遺跡を発掘するのが夢だったのです。
商人としての仕事が軌道に乗り、早速結婚申し込みの手紙を出したその矢先、
幼なじみの女性は、別の人と結婚してしまったのでした。
その後、クリミア戦争で無一文になった彼は、船員になります。
ところが、乗った船が難破してしまいます。
ちいさなかばんと自分の身だけが残った彼は、ドイツには引き返しませんでした。
その後、オランダのアムステルダムで商売をはじめ、インド藍の貿易の仕事で成功し、財産を増やしました。
その頃までに、彼は、語学をいくつもマスターしています。
41歳の時、事業をすべて清算します。

いよいよ、長年の夢、トロイ遺跡の発掘のために、自分のすべてを費やす時がきたのでした。
でも実はその前に、世界周遊の旅に出たり、考古学を学んだり、「シナと日本」という著作を書いたりして、
ウォーミングアップしています。
学位をとり、ギリシャの女性と結婚もしました。
そして、第一子が生まれる頃、本格的に、第一回トロイ遺跡発掘の準備がととのったのでした。
(49歳の時でした)
その後、11年にわたり、2つの遺跡発掘に成功しています。

シュリーマンさんは、仕事と語学勉強を見事に両立させた人でした。
それもこれも、すべては、トロイ遺跡発掘のためだというのですから、夢を追うのも楽じゃありません。

〈 シュリーマンさんによる あらゆる言語の習得を容易にする方法 〉が、書かれていましたので、引用します。
・非常に多くを音読すること
・決して翻訳しないこと
・毎日一時間をあてること
・つねに興味ある対象について作文を書くこと
・これを教師の指導によって訂正すること
・前日直されたものを暗記して、次の時間に暗誦すること
そして、仕事中にも・・・
・仕事中のちょっとした間にも本をもちあるくこと
仕事が終わった後は・・・
・昼間暗記したことを、夜もう一度暗誦すること(夜のほうが集中しやすいことに気がついた)

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これらを6ヶ月続ければ、
どんな言語も、話したり書いたりできてしまうのだそうです。
(すごーい)

シュリーマンさんは、とにかく働き者だったそうで、
発掘が終わるとすぐ、仕事の成果を、本にのこしています。
これがまた、すばらしく詳細に書かれているそうです。
フランス語やドイツ語など、出版する国にあわせた言語で書いたといいますから、徹底していますね。
現在、彼が発掘したトロイ遺跡は、世界遺産に登録されています。
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2008-03-07 02:31  nice!(0) 
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バガヴァッド・ギーター(神の歌) 上村勝彦訳 岩波文庫 [超偏り型読書記録♪]

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こちらは、古代インドの長編叙事詩「マハーバーラタ」第六巻に編入されている聖典です。
もっとも有名なヒンドゥー教が世界に誇る珠玉の聖典であり、古来、宗派を超えて、愛誦されてきました。
ひとは、社会人たることを放棄することなく、現世の義務を果たしつつも、究極の境地に達することが可能である、と説いています。

岩波文庫を片端から読んでいるのですが、
この本は、予想を遥かに上回る程、魂にしみいることが書いてあるわけでして、息をつめて読み進めることになりました。
インドの「マハーバーラタ」は、十八巻にもなる、大叙事詩。
その中で、この「バガヴァッド・ギーター(神の歌)」は、作中の主人公が、どうして戦わなければならないのか、その意味を聖仙に問いかけたものなのです。

以下、気に入った箇所を、ほんの少し抜粋してみました。
 
  ~第2章より
  
  いたる所で水が溢れている時、井戸は無用である。
  あなたの職務は行為そのものにある。
  決してその結果にはない。
  行為の結果を動機としてはいけない。
  また無為に執着してはならぬ。

働くことの意味について、書いてあります。働いた「結果」から生ずるもの、例えば、昇進や報酬などにとらわれがちな私たち。働くこと自体を純粋に「行為」として考えることはあまりないのかもしれません。仕事=報酬というような。それが生活というような。そんなものに執着していてはだめですよ、という警句的な意味あいにもとれます。こんな遥か昔の聖典にも、ちゃんと現代に通じることが書いてあるのですから、さすがです。

次は、ちょっと長い文章です。

  ~第8章より
  梵天の世界に至るまで、諸世界は回帰する。
  梵天の昼は一千世紀で終り、夜は一千世紀で終わる。
  それを知る人々は昼夜を知る人々である。

この文章を読むと、大好きなSF作家の巨匠アイザック・アシモフさんの、「夜来たる」を思い出してしまいます。
次進めますね。

  昼が来る時、非顕現のもの(根本原質)から、すべての顕現(個物)が生ずる。
  夜が来る時、それらはまさに非顕現と呼ばれるものの中に帰滅する。
  この万物の群は繰り返し生成し、夜が来ると否応なしに帰滅する。
  昼が来ると再び生ずる。
  しかし、その非顕現のものよりも高い、別の永遠なる非顕現の存在がある。
  万物が滅びる時も、それは滅亡しない。
  その非顕現の存在は不滅と言われる。
  最高の帰越と言われる。
  人々はそれに達すれば、回帰することはない。
  それは私の最高の住処(様態)である。
  それは最高のプルシャ(純粋精神)である。
  しかしそれはひたむきな信愛により得られる。
  万物はその中にあり、この全世界はそれにより遍なく満たされている。

「永遠なる非顕現の存在」っていうと、難解過ぎて、えっ?って聞きかえしたくなりますが、これこそが、「目には見えない永遠のもの」いわゆる魂であり、純粋精神のことなのでしょう。それはひたむきな信愛により得られるとのこと。信愛によってとは、希望に満ちてます。
古代の人は、今私たちが考えていることを、見通しているかのように、とっくの昔から魂の存在を認めていたということになります。日本人は、仏教によって古代インドの教えをいただいていますけれども、もっと単純に、スピリチュアルな世界を信じるだけでも、インドの聖典の教えのはじっこが、つかめるように思えます。


2008-03-03 10:16  nice!(1)  コメント(2) 
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哀詩 エヴァンジェリン ロングフェロー作 斎藤悦子訳 岩波文庫 [超偏り型読書記録♪]


~哀詩 エバンジェリン 序より~

ここは太古の森。
風のまにまに囁く松や栂(つが)は、
苔の髯(ひげ)をつけ、
緑の衣を着て、黄昏にははっきりと見えず、
丁度、昔のドゥルイッド僧のやうに、
悲しい預言の声をあげ、
丁度、白髪の伶人のように、胸に髯を垂れ下げて居る。
近傍の海は、胴魔声で、
岩穴の中から音高く呶鳴る(どなる)。
そして其もの淋しい調べは、森の悲鳴と合奏している。


~哀詩 エバンジェリン 第二編 一より~

「そんな夢を見て、待つことはもうお止めなさい。ギャブリエルと同じ立派な男は外にもある。公証人の息子のバプチィスト・ルブランは、昔からお前が好きで待ちあぐんで居る。
手を任せて楽しく暮らしたらどうかね。美しいお前が、聖カザリン様のお髪(ぐし)を編んで、日を過ごすことは勿体ない。」
 エヴァンジェリンは、静かに悲しく答えた。
「できません。心の向う行方に、私の手は従って行きます。
心が、ランプのように、先立って行方を照らすときに、万事が暗闇から引き出されて、はっきり判る気が致します。」
 すると、彼の女の味方で、懺悔を受ける神父の僧侶は、微笑んで云った。
「そうだ。娘。それは心の中の神の御告げだ。無駄な愛情などと、口にしてはならぬ。
愛情は決して無駄にはならぬ。
愛情の流れは他人の心を養わずとも、源に返って、降る雨のように回復の水で基源を充たすのである。
泉より沸き出づるものは、やがてまた泉へ帰るのである。
忍耐せよ仕事を成就せよ。愛情の事業を成就せよ。悲しみと沈黙は強い。
そして忍耐、辛抱は、神に近い。
愛の仕事を成就せよ。そして、そなたの心が神に近い迄に清く、力づき、完全になり、一層天国にふさわしくなられよ。」
 
作者のロングフェローさんは、18世紀半ばの北米の詩人です。
こちらは、イギリス、フランスの植民地争奪戦により引き裂かれた恋人たちが、互いを探し求め、すれ違う悲しい運命を描いた物語詩の一部です。
戦争は、愛し合う恋人同士を引き裂き、美しい乙女を路頭に迷わせます。
乙女は、自身の心のままに、恋人を探し続け、時は無常に過ぎていくのです。
白髪まじる放浪の果てに、彼女は恋人を見つけ出しますが、そのとき既に、彼の命の灯はまさに消えようとしていました。
悲しく静謐な美しさに包まれた物語詩です。


2008-02-20 17:52  nice!(0)  コメント(0) 
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シュナの旅 宮崎駿 著 アニメージュ文庫 [超偏り型読書記録♪]


宮崎駿さんが、チベットの民話をもとに、オールカラーで描いた絵物語です。
宮崎さんワールドが展開されていきます。
この本の初版は、1983年です。
地味な内容なために映画化の企画は通らないであろうとのことで、絵物語としてまとめられたそうです。

シュナの旅には、貧しい小国の王子が出てきます。
王子は、大地に豊穣をもたらす黄金の種を求めて、ヤックルと供に旅に出ます。
腐った大地と水たまり、人買い市場のある都城の街、小さな姉妹、大地の果て、神人の土地、
滅びたはずの生物が生きている海、深い森、みどり色の巨人、奇怪なあたたかい建造物、
黄金の種にまつわる恐ろしいこと、北方のまずしい村、意地悪な老婆、姉妹との再会、
失った記憶を取り戻すいきさつ、収穫、新しい旅立ち。

エピソードのひとつひとつに、今までの宮崎さんの映画を観ているような錯覚をおぼえます。
自然は怖くて清浄な世界。
人は悪にも善にも奴隷にもなりながら、温もりと希望の象徴でもあります。
シュナは、コナンであり、ナウシカであり、アスベルであり、パズーであり、アシタカなのです。
宮崎駿さんの描きたかった世界は、本当に昔から変わらないものだったようです。
あの1983年頃から、今のこの不浄な世界とこれからやってくる食物難の時世を知っていたかのような、物語の展開です。
最後には、救いがきちんと描かれています。

さて、困難がそこにあったとき、どうすればいいのでしょうか。
戦ったり、受け止めたり、逃げたり、知らないふりをしたり、悩んだり、愚痴を言ったり、その時の状況によって変わるかも知れません。
宮崎さんの描く主人公は、困難と知って立ち向かっていきます。
困難は受け止めはしても、通り過ぎてしまいたい、楽をして、立ち向かわないことを選ぶ。
嘘をついてごまかそうとする。そんな現代の風潮では、シュナの行動は、普通ではなく映るかもわかりません。
あるいは、「武士道」につながって見えるようでもあります。
困難が好きじゃない人間からすると、岩をも打ち砕かん信念がもたらすシュナの行動力には、不思議と癒されてしまいます。
現代人は、いかにして、「困難を困難と受け止めずに生きていくか」に、必死です。
シュナは、「困難を困難と受け止めて、立ち向かっていく」のです。
それはもしかすると、「できないことをできるようにするためのたった一つの方法」なのかも知れません。
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2008-02-11 14:40  nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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正釈 日月神示 中矢伸一著 徳間書店 [超偏り型読書記録♪]

むかし友達に、
「どうして生きているんだろうと思う」
と話した時、
「そんなこと考えちゃだめだよ。前向きに生きようよ!」
と励まされた。
そうだよね、前向きはすごく大事。

ただし、それ以上に、人生って何だろうって思ったんだよね。
何を目的に、みな生きているのだろうって考えた。
誰しも、生まれてきた理由もわからないのに、どうして生きていられるのだろう。
自分はなぜ生まれたんだろうって、不思議に思っていた。
生かされているという逸話も、本で読んだりした。
それにしても、よくわからなかった。
わかったような気がしても、その場のなぐさめにしかならなかった。
謎が多すぎるのだ。

占いをたくさんした。
自分の生き方が知りたかったから。
生きる哲学を得たかったから。
自分の本来の生き方は?
これからどうやって生きていくのが、正しい?
自分探しだ。
私と同じようにして、生きている理由がわからず、フリーターやニートになった人は、多いと思う。
夢を見つけて、夢のために生きたい。
今の社会では夢が叶えられないと、現実社会に出る前から、漠然とだけど、なぜかわかっていた。
本当の夢って、本当の幸せって、なんだろう。
それを、知りたいと思った。

スピリチュアルという言葉が今、流行っている。
本屋に行けば、そういった関連本が平積みだ。
テレビでも、スピリチュアルな番組の視聴率が高い。
自分の人生を、スピリチュアルな面から考える人が多くなった。
人生とは?
私達は、人生が魂の修行であることを、教えられる。
どんな困難も、修行として受け入れれば、魂が磨かれてゆく。

「身魂磨き(みたまみがき)」だ。

日本人は、流行に弱い。
ただ、この「身魂磨き」は、ただの流行では終わらないはずだ。
それは、真理だから。
私の胸に、しっくりきた。
身魂を磨かないでいると、魂が消えてしまう危機が間もなくやってくるという。
生来の「輪廻転生」のサイクルは、みんなに平等だったけれど、
これからは、そうじゃなくなるらしい。
凶悪な犯罪が増えた。
業を背負ったままではもう、魂が危ない。
魂を磨いて、美しい心の人が増えてくることを、願わずにはいられない。
「幸せに生きたい」
それは、全人類の願いだ。
「自分が幸せならいいかな」という我欲の幸せを求める人も多い。
はじまりは、そこなんだろう。
自分が、自分がって、私もそうなのだ。
ささいな始まりかもしれないが、そういう我欲の果てに、凶悪犯罪を起こす人もいる。
みんなまるごとの幸せを祈れる人になりたい。
みんなまるごとの幸せのために、なにか貢献できる人になりたい。

宇宙から地球を眺めたら、私達は蟻んこの大きさでさえもないんだろう。
蟻んこだって、集団意識を持ち、我欲だけで生きてはいない。
これから、どんどん地球環境が、生物にとって過酷になってくる。
「神頼み」な人が、自然増えてくるだろう。
一昔前なら、神様のことを語ったりすると、
「この人、宗教狂いか・・」
なんて、思われた。
でもこれからは違う。
もっともっと、神様や魂や生物や地球の古代や未来について、多く語りあって学ぶことが大事なんじゃないか。

小学生のとき、はじめて「ノストラダムスの大予言」の本を読んで、怯えた。
1999年で、地球は滅亡するのかと思ったら、怖くて仕方なかった。
でも、大丈夫だったので、ほっとした。
10年前に、「日月神示」を知った。
「神人合一」について書いてあった。
神様と人間がひとつになって、半霊半物質の世が来ると書いてあった。
すごく神懸かりな本だと感じた。
内容について半信半疑なまま、ずっと本棚に置いたままにしていたが、この間ふと手にとって読んでみて、はっとした。
預言が本当になってきているのだ。
10年前に読んだとき、よくわからなかったことが、今わかる。

日本人に生まれた私達は、一人一人が、魂を磨くために生まれてきていると、
最近、とくに感じる。
若い人は、すこしダーティーなもののほうがカッコいいと思う傾向があるけれど、
心は、絶対に清らかなほうがいい。
みんなの本当の幸せを考えて生きるとき、いつしか悩みはほどけていく。
最初は、彼氏彼女、家族、友達、近所の人、果ては宇宙全体。
その人の本当の人生の道が開けるまで。
そう信じて生きていきたい。

悩んでいる人は、「日月神示」を読んでみたらいいと思う。
何か気づくことが必ずあるはず。
オススメだ。


2007-10-03 12:35  nice!(1) 
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「フォトンベルトの真実と暗黒星ネメシス」 エハン・デラヴィ著 [超偏り型読書記録♪]

まず、ちょっと本と関係なさそうな話からになってしまいます。
携帯電話の電池の発熱が問題になったことがありましたが、あれって、本当に電池がおかしいんでしょうか?
普通に使っていても、結構、熱持ちますしね。
地球の温暖化と電磁波の影響などが、絡んでいるんじゃないかしら?
なんて、勝手に心配してしまいます。すごい飛躍しちゃいました。
だって、新聞に出ているものだけじゃないんですよ、電池の不良って、実際は。
新聞は、大きなリコールだけ、扱いますからね。

一番最初に、携帯を持ち始めたとき、皆さん、感じませんでした?
手の先から、ひら、腕にびしびし。「これが、電磁波かぁ」って。
静電気だったのかもしれませんけれども。
電気を帯びたエネルギー。
巨大テレビモニターの前に立ったときにも、同じもの。

人体は、環境に慣れるのでしょうか。
パソコンからも、同じような電気的エネルギーが出ていjます。
長時間、パソコンの前にいると、なにかを搾り取られたような疲れ方をしませんか?

電磁波の影響じゃ、あるまいか?
この間読んだ本に「太陽プラズマ論」が載っていました。
太陽は核エネルギーでなく、プラズマでできた、電気的な星という見方が新しいんですって。異常気象の原因は、太陽活動が近年増してきているからだとか。
なので、地球温暖化の問題は、二酸化炭素排出量を抑えても、おさまらず、これからも、もっと異常高温化が増し、海水面も上昇するはずなんですって。
NASAはすでに、その情報をつかんでいて、だから、アメリカは、京都議定書をないがしろにするのだとすれば、ああそうなのかって、思いませんか?
プラズマってなんぞや?ッて思う方、わかりやすい例をあげると、雷の稲妻、あれが、プラズマです。稲妻の威力をはるかに超えた存在・・・それが、太陽の真実の姿!?
ホントでしょうか?
興味のある方は、こちらの本↓に書いてありますよ!
「フォトンベルトの真実と暗黒星ネメシス」 エハン・デラヴィ著


2007-08-15 10:17  nice!(0) 
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短篇小説 W   別天地へ行け

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