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銀河鉄道の夜を読み解く☆ ブログトップ

銀河鉄道の夜 読解⑨ [銀河鉄道の夜を読み解く☆]

第9章 ジョバンニの切符

< あらすじ >
汽車は、白鳥区のおしまいまで来ました。
車掌の検札があり、ジョバンニは、上着のポケットに入っていた四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑色の紙を出しましたら、無事に検札されました。
鳥捕りはジョバンニの切符を見て、
「それは天上へもいける通行券だからどこまでも行けるはずだ、たいしたもんだ」
などと言うのでした。
ジョバンニは鳥捕りのことが気の毒になり、話しかけようとした時、彼は、いつのまにかもういなくなってしまっていました。
汽車には、新しい乗客がいました。青年と小さな男の子と12歳くらいの女の子の3人でした。
その3人の会話によれば、乗っていた船が氷山にぶっつかって沈み、これから天上へいくところだというのでした。青年は、取り乱す姉弟をなだめ、同じく乗車していた灯台守に、船が沈んだときの状況を話しました。
燈台守は、みんなにりんごを配りました。ジョバンニたちももらいました。
そのうちに、女の子はカムパネルラと、孔雀やいるかやくじらのことなどについて、おもしろそうに会話を始めました。
ジョバンニは、怒りたいようなかなしいようなつらい気持ちで、窓の外をみるばかりでした。
汽車は、小さな停車場にとまりました。野原の遠くから、「新世界交響楽」 が聞こえました。
それから、高い高い崖の上へ来ました。ずっと下の谷底に、川の水面が見えます。
老人の話によれば、この崖の傾斜があるため、汽車は決してむこうからこっちへはこられないとのことでした。
汽車は速度を増し、傾斜を下りていきます。ジョバンニはだんだん明るい気持ちになり、カムパネルラや女の子と一緒に会話を楽しむようになってきました。
やがて、天の川は激しく流れ、向こう岸では、川が柱のように持ち上がり、発破をしているのが見えました。大きな鮭や鱒が空中におどり上がります。
ジョバンニとカムパネルラは、興奮します。
丘の上には、双子のお星さまのお宮が見えました。
川の向こう岸には、真っ赤な透きとおった火が燃えていました。カムパネルラが地図を見て、蠍の火だと言いました。女の子は、お父さんから聞いたという蠍の話をし、蠍はいい虫だと強く言うのでした。
蠍の火を通り過ぎると、にぎやかな町の気配がしてきました。ここは、ケンタウルの村だよ、とカムパネルラが言いました。
汽車は、サウザンクロスへ着き、みんなは別れを惜しみながら降りていきました。
カムパネルラとジョバンニは、また二人きりになりました。
天の川の石炭袋を通り過ぎ、遠くにきれいな野原がみえました。
「カムパネルラ、僕たちいっしょに行こうねえ」 
ジョバンニが、そう言って振り返ると、カムパネルラは、もういませんでした。
ジョバンニは、窓の外へからだを乗り出して、はげしく叫び、泣きました。
すると、ひとりの黒い大きな帽子をかぶった大人が一冊の本を持って座っており、ジョバンニに話しかけるのでした。
その人は、さっきからたまに聞こえていたやさしいセロのような声のその人で、ブルカニロ博士という人でした。
落ち込むジョバンニを、力づけます。
そして、ジョバンニは、みんなのためにほんとうの幸福をさがすことを、決心するのでした。
天の川は遠くなり、気がつくと、草の中にいました。
はね起きて、牛乳屋へ走り、熱い乳の瓶をもらって町を通っていく途中で、同級生に会いました。
そして、カムパネルラが、ザネリを救うために川へ入って見えなくなったことを聞くのでした。
ジョバンニは、足が震えました。
カムパネルラはもう銀河のはずれにしかいないように思えるのでした。
ジョバンニは、カムパネルラのお父さんに、さっきまでカムパネルラと一緒に旅をしていたことを話そうとするのですが、のどがつまって何も言えませんでした。
カムパネルラのお父さんは教えてくれました。「ジョバンニのお父さんが、今日あたりもう家に帰るのではないか」と。
ジョバンニは、胸がいっぱいになり、お父さんが帰ってくることを知らせようと、いちもくさんに走るのでした。

< この章が伝えたいこと >

ジョバンニの切符は、天上へでもどこでも行ける通行券でした。
この銀河鉄道は、死んでしまったひとを天上へ運ぶ鉄道だったのです。
旅の間、カムパネルラは葛藤していたように思います。
友達を助けるために、川へ落ちて死ぬことになった自分は、おっかさんをどれだけ悲しませるだろう。
誰にとっても、「ほんとうの幸」になることとは、どういうことなのだろう。
最後までわからないままでしたが、カムパネルラの苦悩は、もう戻れない天上行き片道切符の旅行により、昇華されていきます。
また、ジョバンニはどうでしょうか。
カムパネルラはじめ、銀河鉄道を旅する人々から、大きく感じることがありました。
この章で、「蠍の火の話」が出てきます。
生きているうちにたくさんの生き物を殺して生き延びてきた蠍が、「ほんとうのみんなの幸」を祈ることによって、天の川に輝く星になったというお話です。
ジョバンニは、このさそりのように、「みんなのほんとうの幸」のためになら、自分のからだなど百ぺん灼いてもかまわない。ぼくのために、お母さんのために、カムパネルラのために、みんなのために、本当の幸福を探すのだと、決心するのでした。
旅の最後にでてくるセロのような声の博士は、信仰を化学のように実験しようとしているところでした。ジョバンニに、ほんとうに勉強をしてその実験をするようにいうのでした。天の川でたった一つしかないほんとうの切符をなくさないようにして。
信仰というものは、死に直面すると、強くなります。
その強い思いを、生きている間に、他の人の幸せのために多く費やすことができたならという思いを、宮沢賢治氏は、ジョバンニ少年に託したのです。

< 感想 >
銀河鉄道の旅は、終わりました。
カムパネルラは、ほとんどの人が降りたサウザンクロスでは、降りませんでした。
最終的には、少し通り過ぎたほんとうの天上の野原で、お母さんの幻影を見て、降りたのです。
きっとザネリを助けて命を捧げてもなお、お母さんを想う愛の力が、カムパネルラをほんとうの天上へと導いたのでしょう。
そして、カムパネルラの尊い心は、あのさそりのように、天の川の星になって瞬くことと思います。
このお話は、私の心にも、ひとつの輝きをくれました。
生きてそして死ぬ。
出会いそして別れる。
その流れの中を、私達は生きていくのです。
私も微力ながら、みんなの幸せを祈って生きていきたいと思いました。



2007-09-29 11:40  nice!(0) 
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銀河鉄道の夜 読解⑧ [銀河鉄道の夜を読み解く☆]

第八章 鳥を捕る人


< あらすじ >

ジョバンニ達は、いつの間にか、天の川の河原で鳥をつかまえて商売をしている「鳥捕り」の男が同じ車室にいることに気がつきます。
会話をかわすうちに、鳥捕りは、鷺(さぎ)をひらぺったく固めたものを、くれます。
食べてみれば、チョコレートよりおいしくて、
お菓子じゃないかといぶかしむ二人をよそに、鳥捕りは、天の川の河原へ鷺(さぎ)を捕まえにいきます。
その様子を車内から、すっかり見ていた二人は、またいつの間にやら、鳥捕りが車室に戻っていることに気がついて、あたりまえのようなあたりまえでないようなおかしさを、感じるのでした。


< この章の意味 >

鳥捕りとジョバンニたちの間で、たくさんの質問がかわされます。
それは主に鳥に関する話が多いのですが、話の大筋にかかわってくるのは、こちらの会話です。
始めのほうでは、

鳥捕り    「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか」
ジョバンニ  「どこまでも行くんです」
鳥捕り    「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ」
カムパネルラ「あなたはどこへ行くんです」

この時カムパネルラが、喧嘩のようにたずねましたので、ジョバンニや周りの人が思わず笑い出します。
どこに行くのかわからないことを、おちょくられたように感じる少年に対して、鳥捕りは、次で降りるのだと、普通に返事をしています。別段、笑うこともないというように。どこまででも行くのがあたりまえなように。

終わりのほうでは、

ジョバンニ  「どうして、あすこ(河原)から、いっぺんにここへ来たんですか」
鳥捕り    「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか」
ジョバンニとカムパネルラは、思い出そうとしますが、答えることができません。
鳥捕り    「ああ、遠くからですね」
鳥捕りは、雑作なくうなずきます。

いっぺんに移動するのは、来ようとしたからなのであって、どうしてなんて理由は鳥捕りにはないのでした。同時に、どこから来たかも答えることができない二人のことを、やはり、それがあたりまえなことのように、うなずく鳥捕りという人。
あたりまえとあたりまえじゃないことを橋渡しする存在だといえます。

そして、鳥捕りは、「渡り鳥」をつかまえて、商売をしています。
この銀河鉄道の世界の「渡り鳥」は、天の川より出でて、天の川へと帰っていきます。
鷺(さぎ)、雁、鶴などの鳥達がそうです。
鳥達が、天の川の河原に舞い降りる瞬間に、つかまえて袋に入れますと、縮んで固まります。
それを食用として売るのです。
つかまえられなかった鳥も、天の川の河原に解けて同化して死んでいきます。
この世界の「鳥捕り」は、鉄砲で撃ちません。
「渡り鳥」が、旅を終えて、地に足がつく瞬間に、とらえるのです。
それは、死の瞬間を待つことです。
「渡り鳥」というのは、普通は旅の途中で、川辺や湖でえさをとって、休憩する性質があります。
そんなところが、人間に狙われやすいのです。
ですから、普通は、旅を終える前に、人間の食料になって、死ぬものもいるでしょう。
「天の川の渡り鳥」は、奇妙ですけれども、苦しみのない死に方をします。
その死の美しさは、食べられる悲しさに比肩します。

【 まとめ 】

ジョバンニとカムパネルラは、旅の始発も終着もわからないまま汽車に乗っているが、鳥捕りの話によれば、それは別段不思議なことではないようだ。銀河鉄道の旅は、渡り鳥のエピソードを織り交ぜて、幻想の世界をひた走っていく。
そこでは、死ですらも、美しくかたどられるのだ。


< 感想 >

私たち人間は、「鳥」を殺して、食べます。
宮沢賢治氏は、「鳥」に対しても、愛着がある人。
もしも、「鳥」が死ぬとき、苦しまずに美しく死んでくれるなら、救われるのにと思っていたかもしれません。
血を抜いて煮たり焼いたりするのではなくて、そのまますっとお菓子のように、なってくれたなら。
でも、もしお菓子になったなら、きっと彼は、食べないのかも知れません。
見ているとどうしても涙が出るので、仕方なく、やがては「鳥」を天の川へ返すのではないかと想像します。
悲しみと美しさと奇妙さが、死に行く鷺(さぎ)に対して鮮やかです。
このお話の印象があまりにも強いために、最初、読解のしようがないように思いました。
けれど、よく読んでみれば、やっぱり、深い意味がこめられていました。


2007-09-21 14:20  nice!(0) 
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銀河鉄道の夜 読解⑦ [銀河鉄道の夜を読み解く☆]

第七章 北十字とプリオシン海岸

汽車の中で、カムパネルラが言いました。
「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」
ジョバンニは、びっくりしました。
カムパネルラは、泣き出したいのをこらえて、
「おっかさんにとってのほんとうの幸」について、問いかけるのでした。
やがて、銀河の河に、白い十字架が立った一つの島があるのが見えました。
どの人も、「ハレルヤ、ハレルヤ」とお祈りをしています。
思わずふたりとも立ち上がりました。
白鳥の停車場では、二十分の停車時間がありました。
改札口には誰もいません。
二人は、白い道を通って水晶の砂でできた河原へ来ました。
河原の小石は宝石でできていました。
プリオシン海岸では、人が何かを掘り出しているようでしたので、走って行ってみると、
大学士たちが、古代の獣の化石を掘り起こしている最中だったのでした。
地質調査をしていたのです。
話を聞いているうちに時間になり、ふたりは、風のように走って汽車に戻りました。

< この章の意味 >

二人の旅は続きます。
宮沢賢治氏の幻想世界が描き出されています。
プリオシンとは、鮮新世のことで、花巻の町はずれに化石が発見された川岸の地質時代のことを指しています。
前章では、電車の中から見た風景描写でした。光、風、波、空気、水、空、野原、花などの表現がありました。
この章では、島、土、水晶、黄玉(トパーズ)、水銀、瀬戸物、骨、岩、くるみ、地層といった大地にまつわるものが登場します。
実際に電車から降りて川床の土を触ってみると、きしきしとした感触がしたり、落ちていた黒いものを拾ってみると、くるみだったりするのです。
こんな幻想的な世界にも、天の川を研究している人たちがいて、熱心に作業を続けているのです。
幻想的な風景にも、歴史を証明しなくてはならない人達がいるということです。

< 感想 >

宮沢賢治氏は、「美しいもの」を、感覚的に表現して、幻想的な世界を生みだしました。
美しいという言葉は抽象的です。
ひとこと、「美しいものでした」と書けば、1行で終わってしまいます。
宮沢賢治氏は、「どのように美しいか」を、感じさせる文章をつくり、私たちの脳裏や心の内側に焼き付けることができる天才なのです。
銀河の水についてかかれた文章を引用させていただきます。
これを読んで、どう感じるでしょうか。

「ジョバンニは、走ってその渚に行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮いたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光をあげて、ちらちらと燃えるようにみえたのでもわかりました」

今までこんな水に触ったことはないのにもかかわらず、想像の中で手を浸したように感じませんか。
私は、この文章が、とても好きです。





2007-09-16 10:26  nice!(0) 
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銀河鉄道の夜 読解⑥ [銀河鉄道の夜を読み解く☆]

六 銀河ステーション

いつのまにか、「銀河ステーション」という声がし、目の前が明るくなりました。
気がつくと、軽便鉄道の車室におり、向かいの席には、カムパネルラがいたのでした。
カムパネルラと誘い合わせて汽車に乗ったのだと、ジョバンニは思います。
カムパネルラが銀河ステーションでもらったという地図によれば、今、白鳥の停車場へ向かっているところでした。汽車の窓から顔を出して外を見ながら、二人は話をします。天の川の水は透き通って、紫色の細かい波をたてており、天の野原には、いろいろに輝く三角標があちこちに立っていました。線路のそばには、すばらしい紫色のりんどうの花がいっぱいに咲いていました。ジョバンニは胸を躍らせます。

<この章の意味するもの>

いよいよ銀河鉄道の旅のはじまりです。
銀河の天の川沿いを走る軽便鉄道からみえる景色が、読者のイマジネーションを誘います。
最初のほうのカムパネルラのセリフと容貌が、後につながっていきます。

<感想>

銀河鉄道を想像しながら読みました。
三角標というものがどういうものかわからず、ネットで調べているうちに、
イラストレーターのKAGAYAさんの絵に出会いました。
http://www.gingatetudounoyoru.com/   ←こちらのサイトです。見てくださいね


左上のあたりの「銀河鉄道沿線図」をクリックして、「秋の軽便鉄道」を見てください!
あまりの素晴らしさに、心が洗われます。
KAGAYAさんの絵を見てから、また本文に戻ると、雰囲気でます。


2007-09-15 13:11  nice!(0) 
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銀河鉄道の夜 読解⑤  [銀河鉄道の夜を読み解く☆]

第五章 天気輪の柱 

ジョバンニは、黒いたいらな丘の頂上へ来ました。
夜空に天の川が見えました。
頂上にある天気輪の柱の下で、寝転がっているうちに、かなしくなって、夜空を見上げました。

<この章について>
一口に言うと、現実と夢の境目です。
見慣れない言葉 「天気輪の柱」 とは?
本の解説を読むと、「お天気が一目でわかる塔柱」ではないかとのことです。
宮沢賢治氏は、農民のために気象変化について関心があったために、このような言葉を創作したのだと考えられています。
天気輪のある丘の頂上は、ひと気のないところです。
聞こえるのは、子供らの歌う声や口笛、汽車の音、鳥の声、風のうなり・・・。
遠くを走る列車の窓が小さく見えたとき、ジョバンニは、楽しそうな旅人達の姿を想像し、悲しくなってしまいます。
野原に仰向けになって、天の川を眺めていると、銀河がとても近しい感じがします。
丘の上、天気輪の柱、夜の空、ジョバンニの想いを軸にして、
いつのまにか、現実から夢の世界へ読者を引き込んでいきます。
この章の終わりは、ジョバンニが、星を眺めているところで終わります。
眠る直前のような感覚で、次の章を待ちます。

<感想>
ここまで、ずっとこのお話のことを考えていたら、寂しく悲しい気持ちになってしまいました。
ジョバンニが、星に憧れを持つのがわかる気がしました。
親友に裏切られるのは、辛いものです。
はっきりと、わかるなら、まだ良いかもしれません。
知らないうちに、仲間はずれになっていたり、避けられたり、自分だけが彼を親友だと思っていたのだと気づいたとき、胸の傷はじくじくと深くなるんですよ。
幸いジョバンニは、悪気のない冷やかしを受けていますけれど、本人がしっかりしているので、救いがあります。
辛くてどうしようもないときに、星の輝きを眺めると、気持ちがまぎれるのはどうしてなのかな、不思議。

ジョバンニは、星を眺めているうちに、夢の中で銀河を旅することになるんですよね。
その夢の導入部にあたるこの章には、ほんとうは、
『夢から覚めて現実に戻るシーンまるまる5ページほどが、挟んであった』のですって。
でもそうすると、話のつじつまが、微妙にずれます。
宮沢賢治氏自身、話の結末をどこでつけるか、決めかねていたようです。
うわっ!完成していない作品だったんですね!

読解ができるかどうか、心配になってきました(:_;)
ただ思ったことは、今述べるのは、早いんですけど、
結末の5ページというのは、『夢から覚めて、カムパネルラが川に落ちた後のシーン』なんですね。
今、そのシーンが入る場合は、“先にカムパネルラが死んでしまったことがわかってから、夢の旅にでる”ことになります。
夢の後に入れるか、前にするか。
ページを先へいったり戻ったりして、試し読みしてみました。

夢の前に入れる場合は、
「死へ旅立ったカムパネルラを銀河の果てへ見送ることができ、悲しみが癒される感じ」があります。

逆に、夢の後では、
「2人で長い旅の途上で語らった直後の死で、強い喪失感を感じる」 気がしました。

未定稿の作品を、編集して、世に送り出すことがあるのは知っていましたが、
この有名な作品がそうだったとは、わたしの無知でした。
宮沢賢治氏が、発表を決意するまでにいたらなかった作品を、見せてもらっていいんでしょうか。
作者の意図に反したりしないのかなぁ?
なんて、ちょっと思いました。
愛読してるくせにっ!矛盾です。


2007-09-14 16:23  nice!(0) 
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銀河鉄道の夜 読解④ [銀河鉄道の夜を読み解く☆]

第四章 ケンタウル祭の夜
<あらすじ>
ジョバンニは、町へ行く途中で、いじめっこのザネリと出会いました。
ザネリは、ラッコの上着のことを冷やかすのでした。
ジョバンニは強がりながらも傷つき、考えながら街の中を歩きます。
町の中はまるで人魚の都のようにそこらじゅう飾られています。
街の子供達はみな、新しい着物を着て、星めぐりの口笛を吹いていて、楽しそうです。
ジョバンニは、にぎやかさとはまるでちがったことを考えながら、牛乳屋へ急ぎ歩くのでした。
牛乳屋では、後で来て下さいと言われます。
了解して店を出て、十字になった町のかどをまがろうとしたとき、同級の子供たちがこちらへやってくるのが見えました。めいめい烏瓜のあかりを持っています。思わず、どきっとして道を戻ろうとし、思い直して、勢いよくそちらへ歩いて行きました。
ザネリや数名の生徒から、
「ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ」
口々にはやしたてられます。そのなかに、カムパネルラもいて、だまってきのどくそうに笑い、おこらないだろうかというようにジョバンニの方を見ていました。
ジョバンニは、まっ赤になって、にげるようにその眼を避け、ふりかえってみると、ザネリがこちらを振り返っています。カムパネルラは、高く口笛を吹いてみんなと一緒に行ってしまいました。
ジョバンニは、なんとも言えずさびしくなり、黒い丘の方へ走り出しました。

<この章の役割>
第四章では、銀河のお祭り、星祭りのことを、ケンタウル祭と呼び名を変え、にぎやかな街の様子を描いています。
ジョバンニは、時計屋に飾られてあった星座の図をわれを忘れたように見つめます。
大きな星座の図には、ふしぎな獣や蛇や魚や瓶の形などが書いてあるのでした。
そこで、ジョバンニは、こう思います。

「ほんとうにこんなような蠍だの勇士だのそらにぎっしりいるだろうか、ああぼくはその中をどこまでも歩いてみたい」

ジョバンニは、銀河に憧れを持っているのです。
真っ青なもみや楢の枝で包まれた街燈、豆電燈のついたプラタナスの木など、青い色や光を基調にした銀河色の街の通りで、みんなが新しい服を着て、楽しそうに遊んでいます。ジョバンニは、きゅうくつな上着の肩を気にしながら、ひとりでわざと胸を張って大手を振って歩きます。
銀河が人一倍好きなジョバンニですから、本当は、もっともっと楽しみたいに違いありません。
そのことをふっきるようにして、街を急ぎ歩くジョバンニは、それであっても、自分を可愛そうに見せたくないという、自尊心を持っていることがわかります。
そして、牛乳屋では、「あしたにしてください」と言われるのですが、

「おっかさんが病気なんですから今晩でないと困るんです」

と譲らない責任感をみせています。
もうひとつ、ザネリとの関係が、この章ではっきりとします。
ジョバンニが対等に話そうと思っているのに対し、いつでも、冷やかそうとするのがザネリなのです。ジョバンニは心の中で、「ザネリがばかなから」あんなことを言うのだと思い、腹を立てます。
ところが、ザネリは、みんなでジョバンニを冷やかした後、去り際にふりかえってジョバンニを見ています。
ジョバンニも、やはり、同じようにふりかえるのですが、カムパネルラは、他のみんなと口笛を吹いて、行ってしまいます。
ザネリは、冷やかしながら、ジョバンニを気にしているのです。

【まとめ】
ケンタウル祭の街の様子を美しく幻想的に描写。
後で銀河の旅に出たときの喜びにつながっていくように、ジョバンニが、われも忘れるくらい銀河に憧れているシーンを入れる。
ザネリとの関係をあきらかにしている。
カンパネルラとみんなが去ってしまい、ジョバンニの心が耐え切れなくなる様子を描く。


<感想>
この章では、口笛がよくでてきます。
冒頭でジョバンニは、
「口笛を吹いているようなさびしい口つきで」
町の坂を下りてきます。
町では子供たちが、 「星めぐりの口笛」 を吹いていますし、
同級の生徒たちも、 「てんでに口笛」 を吹いています。
カムパネルラも、 「高く口笛」 を吹いて行ってしまいます。
ケンタウル祭には、新しい服を着て星めぐりの口笛を吹くのが、慣わしみたいです。
例えば、お祭りでたたく太鼓の音や、笛の音のようなイメージでしょうか。
調べたところ、宮沢賢治氏は、「星めぐりのうた」を作曲されています。
口笛というのは、ひとりで吹いていると、もの悲しさが漂う気がします。
ことに、夜吹く口笛というのは。
だから、ジョバンニが「口笛を吹いているようなさびしい口つきで」という言葉は、
読み込むほどに、深い意味があるなぁと思えてきます。


2007-09-13 11:25  nice!(0) 
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銀河鉄道の夜 読解③ [銀河鉄道の夜を読み解く☆]

銀河鉄道の夜 宮沢賢治 著

第三章 家

<あらすじ>
ジョバンニが家へ帰ると、母親が、入り口に近い部屋で休んでいました。
ジョバンニは、姉さんがこしらえてくれたトマトの食事を、
ひとりで先に食べながら、お母さんと、話をします。
その後、お母さんのために、牛乳をとりに行こうと、家を出ることになります。

<この章の役割について>
会話の中で、たくさんのことがわかります。以下は、ジョバンニとお母さんの会話です。
ジ=ジョバンニ  母=お母さん

ジ 「お母さん、いま帰ったよ。ぐあい悪くなかったの」
母 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼しくてね。わたしはずうっとぐあいがいいよ」
ジ 「お母さん、今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って」
母 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから」
ジ 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの」
母 「ああ、三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね」
ジ 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか」
母 「こなかったろうかねえ」
ジ 「ぼく行ってとって来よう」
母 「ああ、あたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。
ジ 「ではぼく食べよう」
ジ 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっともうまもなく帰ってくると思うよ」
母 「ああ、あたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの」
ジ 「だって今朝の新聞に今年は北の方の猟はたいへんよかったと書いてあったよ」
母 「ああだけどねえ、お父さんは猟へでていないかもしれない」
ジ 「きっと出ているよ。お父さんが監獄へはいるようなそんな悪いことをしたはずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈した巨きな蟹の甲らだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。」
母 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ」
ジ 「みんながぼくにあうとそれを言うよ。ひやかすように言うんだ。」
母 「おまえに悪口を言うの」
ジ 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して言わない。カムパネルラはみんながそんなことを言うときはきのどくそうにしているよ」
母 「カムパネルラのお父さんとうちのお父さんとは、ちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ」
ジ 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへも連れて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中たびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールランプで走る汽車があったんだ。
レールを七つ組み合わせるとまるくなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、缶がすっかりすすけたよ」
母 「そうかねえ」
ジ 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家じゅうまだしいんとしているからな」
母 「早いからねえ」
ジ 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒のようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。
ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜の明かりを川へながしに行くんだって。きっと犬も付いて行くよ」
母 「そうだ。今晩は銀河のお祭りだねえ」
ジ 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ」
母 「ああ行っておいで。川へははいらないでね」
ジ 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ」
母 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんといっしょなら心配はないから」
ジ 「ああきっといっしょだよ。お母さん、窓をしめておこうか。」
母 「ああ、どうか。もう涼しいからね」
ジ 「では一時間半で帰ってくるよ」

★ひと通り読んででわかる内容

・お母さんの具合が悪い
・姉さんが家事をして、また出かけていった
・お母さんの牛乳がこなかった
・お父さんから連絡がないため、北の方の猟に出ているか、監獄へ入っているのか、よくわからない
・カムパネルラのお父さんとジョバンニのお父さんは小さな頃からの友達である
・小さな頃はよくカムパネルラのうちへつれて行ってもらった
・ジョバンニが毎朝新聞配達をしている
・川が危険である
・今日は涼しい日である
                 

★繰り返し読むうちに、伝わってくること

一章、二章で、全くセリフのなかったジョバンニですが、お母さんの前では、句読点も入れられないくらいに、よくしゃべります。
お母さんも、ジョバンニの話に耳を傾けてくれます。ただ、少し無理をしている風にみえます。
お互いに、

「相手を心配しながら、自分のことは心配かけまいとしている」

優しく気遣いあう心が、会話の奥にあるようです。
ジョバンニが帰ってきたとき、窓の日覆いがおりたままになっていました。
このことから、お母さんは、昼間ずっと寝ていたと考えられます。
寝てばかりいては心配をかけると思い、起きて入り口近くの部屋にいたのです。
ジョバンニも、窓を開けたり閉めたり、牛乳がきているか確かめたりしながら、お母さんを気遣っています。
そして、学校で悪口を言われても、カムパネルラという大事な友達がぼくにはちゃんといるから平気だと、お母さんには、思ってもらいたいのです。
実際は、学校で、あまり物を言わなくなったジョバンニなのですが、日々の生活で疲れていると、お母さんに言うことはできません。
出かける前には、星祭りへ行ったらカムパネルラときっといっしょになると、希望半分の言葉で、母を安心させて家を出ます。
会話の中に登場するお姉さんも、夕飯を作り、そこらを片付けてから、出かけているのです。

【まとめ】
父が不在で、母も病気という大変な状況ではありますが、ジョバンニと姉さんが、協力し合って、母を支え、思いやりをもって暮らしている姿を、描き出しています。会話の中で、ジョバンニが、お父さんやカムパネルラに希望を抱いている様子が、うかがえます。

<感想>
お母さんの牛乳に角砂糖を入れてあげようとするジョバンニは、愛すべき存在です。
もし、あの場面で、お母さんの牛乳があったなら、牛乳を温めてカップに注ぎ、その中に角砂糖を落とし、スプーンでかき混ぜてからお母さんに渡していたであろう姿が、目に浮かびます。
そんなジョバンニは、学校では頭がぼうっとするほど疲れて、友達とも遊べないのです。
きっと、ジョバンニは、心の中でこんな風に思っているのだと思います。

「こんな状況はきっといつまでも続かない。お父さんが遠い北の猟から帰ってきたときには、きっと、これまでをくつがえすほどの素敵なことが起きるんだ。そうなればまた、前みたいに、カムパネルラとも仲良く遊べるようになる。」

私は、カムパネルラの死と入れ違いに、ジョバンニのお父さんが帰ってくることを、このお話を終わりまで読んで、すでに知ってしまっているので、胸が痛くなります。
夜の軽便鉄道は、銀河という夜の闇の中を走って、ついに、カムパネルラを、朝の光のもとへ連れ出してはくれないのです。
この章の終わりごろ、お母さんが、「川へははいらないでね」とジョバンニに言います。
川が危ないことを、ここで、暗示しています。











2007-09-12 18:48  nice!(0) 
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銀河鉄道の夜 読解② [銀河鉄道の夜を読み解く☆]

銀河鉄道の夜 宮澤賢治 著

第二章 活版所

<あらすじ>
ジョバンニは、カムパネルラと数名の同じ組の生徒が集まって、今夜の星祭りの話をしているのを見かけます。どうやら、カラス瓜をとりにいく相談をしているらしいのです。
それでも、仕事場へ向かわなければならないジョバンニは、友達を尻目に、学校の門を出て、活版所へ向かうのでした。
活版所では、報酬として、銀貨を一枚もらい、そのお金で、パン一塊と角砂糖一袋を買い、家路を急ぐのでした。

<この章の意味するところ>
ジョバンニは、勤労少年です。放課後、活版所で働いています。
カムパネルラや他の生徒たちのように、遊ぶ暇はありません。
銀貨をもらったジョバンニは、一塊のパンと、角砂糖の袋を買って帰ります。
普通の少年なら、ポケットに入れたり、おやつを買ったりするかもしれません。
ところが、ジョバンニは、朝夕の主食となるパンなどを買っているのです。
このことから、少年が、生活を支えなければならない身の上であることが、想像できます。
また、時間の経過を追っています。

<感想>
活版所でのジョバンニの仕事は、活字を集めて函に入れることなのですが、
活字を見つけて函に入れる、「コトン、コトン」という音が、一定の間隔で、聞こえてくるように感じられました。
また、ジョバンニがもらった「銀貨」は、勲章のように光って、見えるような気がしました。







2007-09-11 19:51  nice!(0) 
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銀河鉄道の夜 読解① [銀河鉄道の夜を読み解く☆]

宮沢賢治さん 著「銀河鉄道の夜」 を題材に、作者が書きたかったことについて、読み取っていきます。

<目次>
一 午後の授業         3ページ半
二 活版所            1ページ半
三 家               3ページ半
四 ケンタウル祭の夜      4ページ半
五 天気輪の柱         1ページ半
六 銀河ステーション      5ページ
七 北十字とプリオシン海岸  7ページ
八 鳥を捕る人          7ページ
九 ジョバンニの切符      39ページ半

まずは、第一章からです。

一 午後の授業

この章では、銀河の授業の場面とジョバンニの回想により、読者にたくさんの情報を与えています。
先生により、天の川と星についての説明が行われ、銀河とはなにか、わかりやすく興味を持たせる役目を果たしています。
ジョバンニは、先生の質問に答えられませんでした。そのすぐ後、カムパネルラも答えなかったのでした。

「カムパネルラは、自分を気遣って、答えなかったのだ」

とジョバンニは思うのです。ここでは、ジョバンニの内気な心の動きとカムパネルラの思慮深さが、描かれています。
ジョバンニは、回想します。昔、カムパネルラと遊んだとき、二人で銀河の星の写真をいつまでも見てい たことを。
カムパネルラだってそのことを忘れるはずがないのだと思うのです。
ジョバンニがカムパネルラを信じる気持ちを強調し、二人の友情を暗示しています。
現在、朝夕、働きづめで、カムパネルラやみんなと遊ぶことができないジョバンニの苦しい近況にも触れ ています。
終わりのほうの先生のセリフで、今日が銀河のお祭りであることが、わかります。

【まとめ】
銀河とはどういうものかをわかりやすく書いて雰囲気を盛り上げ、
ジョバンニのカムパネルラに対する思いと近況を描きつつ、
今日が“銀河のお祭り”であることを知らせている。

<感想>
先生の子供に対する言葉が、とても聞きやすく、丁寧で優しいと思いました。こんな先生がいたらいいなぁと。
そして、ジョバンニが、答えを知っているのに、いったん手を上げかけてから、下ろしたところを読んだ時、「そんなこと自分にもあったなぁ」と恥ずかしかった子供の頃の気持ちを、思い出しました。
もし、カムパネルラのような立場に立ったら、きっと自分なら、答えていたと思います。カムパネルラが、本当のところは、どうして答えなかったのか、聞きたいです。
授業が終わった場面では、もっと先生の話を聞いていたいと思う気持ちと、開放感が、同時に押し寄せたあの頃のわくわくした気持ちが、思い出されました。いつの間にやら、自分もお話の中で、机を並べていたみたいです。


2007-09-10 15:54  nice!(1) 
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