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「W」 [短編小説「W」]


警察学校には、女の子数名が通っていた。
心身ともに強靭な者ばかりだったが、その中に一人、華奢な者が交じっていた。
緩やかに波うつ金髪を後ろで束ね、いつもメモ帳を持ち歩いている。
その者の名前は、瑞樹葵。
彼女は、警察官を夢見て入学したのだったが、
本当のことを言えば、自分が入学を許されるとは思っていなかった。
ではなぜ、試験を受けたのか。
それは、持って生まれた正義感とIQの高さからといえただろう。
しかし、身体が弱いことは、克服していかなくっちゃいけない。
葵は、そう考えて、毎日授業が終わると、走りこみをしていた。

今日も、運動靴に履き替えて走っていると、
首から斜めにかけていたポーチから、メロディーが流れた。
葵は、急いでポーチのチャックを開けて、中から、携帯電話を取り出した。
「はい!瑞樹です!」
「葵?」
電話をかけてきたのは、クラスメイトの新庄舞子だった。
「うん、はいはい舞子ちゃん?」
「今、どこ?」
「えーと、道路というか、柳通り入り口付近を、走ってたとこ」
「あのね、葵」
葵は、携帯電話を持ち替えて、歩道の植え込みの近くにしゃがみこんだ。
車道の音がうるさくて、よく聞こえなかったのだ。
「なあに?どうしたの」
「警官が、葵のこと、聞き込みに来ていたよ」
葵は、警官の先輩達の顔を思い浮かべた。
「え?聞き込み?先輩が?」
「違う。葵が学校を何時頃出たのかとか、家にまっすぐ帰ったのかとか、色々と聞いて回ってね、机やロッカーを開けたりしていたの。何しでかしたの?」
「全然?何もしてないよ?やだ!ロッカー開けたの!?なんで!?」
「わからないよ。とにかく、何もしてないなら早く帰りなね」
「うん、わかった、ありがと」

場面は変わって、警察官宿舎の掃除当番をしている者がいた。
名前は、船場秋生。
ここから夕日が沈むのを見るの、好きなんだよな。
警察官宿舎の掃除を終えた秋生が、窓の外を眺めていた時、
マンション建設予定地の野原に、ジャージを着た女の子が、走ってくるのが見えた。
夕方にあの辺りを歩くのは、危険だと思った。
早く通り過ぎれよ。あそこは、Wが出るかもしれない。
女の子は、見慣れた金髪だった。
瑞樹葵だ。
彼は、廊下を走り、階段を駆け下り、警察宿舎の昇降口を出て、野原へ猛烈な勢いで走った。

葵は、新庄舞子からの電話を切った後、いつも走っているマラソンコースを離れて、近道をしようとしていた。
「危険ちかよるな」と書いた立て札が立っていたが、工事はまだ始まっていなかった。
ここを通れば早く戻れるから。
工事現場から遺跡が出土したために工事がストップしていたその場所は、一面草だらけでなんだか懐かしかった。
そういえば、小さい頃、近所の公園で、クローバーやシロツメクサをよく摘んだっけ。
四葉のクローバーを見つけるのが、楽しくて。
葵は、クローバーを探そうと、歩みを止めた。
その時、いきなり、得体の知れない長い生物が襲い掛かってきた。
「きゃあ!!!」
「逃げて!早く!」
走ってきたのは、秋生だった。
「道路まで逃げて!」
葵は、草むらにしりもちをついて、動けなくなった。
秋生は、大きく跳ねるヘビに似た生物を、棒で叩いた。
Wだ!
以前、先輩達が話しているのを聞いたことがあるが、実物ははじめて見た。
ある程度、深い土の中に生息し、穴から出てきて人間を襲う生物。
昼間は襲ってこないが、夕方から夜にかけて、土から出て闊歩するという。
こいつの弱点は、電撃だ。
くそっ、銃を持っていれば。
そこへ、銀色の長髪の警官がやってきた。
「君達、下がって!」
警官は、光線銃をヘビもどきに向かって発射した。
ヘビもどきは衝撃でくるくると丸まり、そのまますごい速さで、草むらの中へ逃げていった。
「くそ!」
秋生は、追いかけ、探したが、その物体はすでに身を隠し、どこかへ逃げていった。

警官は、秋生と葵の両方に声をかけた。
「君達、怪我は?」
「はい、大丈夫です、瑞樹さんは?」
「平気です!ちょっとびっくりしただけです」
警官は、怖い顔をし、低い声色で言った。
「ここは、立ち入り禁止だ。二度と入るんじゃない。危険なのは知っていただろうね」
秋生は、自分は警官見習いだという自負を持っていた。
「はい!ですが、僕は、あの生物について、一般の人より詳しく聞いています」
「君は、警察学校の生徒か。なら尚更だ。あれは、しとめてもしとめても、わいて出てくる。いたずらに攻撃して襲われる市民がいると、困るのだ。市民を守るのが警官の職務だということを忘れないように。興味本位で人を近づけるのは、やめるように」
葵は、おびえて銀髪の警官を見つめていた。

警官が去った後、二人は、道路で立ち話した。
「船場くん、いやだ!たまたま、助けてくれたのに、しかられて!」
「いいんだ、気にしてないよ」
秋生は、普通に言った。
「瑞樹さん、聞いたことなかった?Wについて。前に、特殊班の先輩から、俺、聞いたんだ。Wって呼ばれている生物がいるってこと。ただ、実物はさっきはじめて見た。でっかくて焦ったなぁ」
「ほんと。だめね、あたし。そういう話、気持ち悪くって避けちゃうの」
葵は、まだ身震いしていた。
「ああいう気味の悪い怪物を退治するのが、特殊班の仕事なのね。今度、どうやったら、倒せるのか調べて、手帳に書いとこ」
「うん。最近、増えているらしいからね。早く帰ろう」
夜の帳が下りてきた。


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葵は、ロッカーから荷物をとってくると言って、学校へ足早に入っていった。
秋生は、昇降口の隅に座った。
秋生のアパートと葵のマンションは、近かった。同じけやき通りにあった。
彼女も、同じ通り沿いだということがわかり、送っていくことになった。
けやき通りには、いくつものマンション、アパートが林立しており、警察学校の目と鼻の先という立地から、見習い警官達がたくさん住んでいた。
秋生にとっては、彼女を安全に送り届けるため、そして、彼女と話をしたいため、この二つの気持ちは、譲れないものだった。
そこへ、警備の男が、やってきた。秋生は、立ち上がって、敬礼した。
「おい、早く帰れよ!夜になると、物騒だ」
「はっ、僕は、仲間を待っています」
「教室のほうへ向かっていく女の子を見たが、あの子は、君の仲間かい。早く連れて帰りなさい。マンションで殺人事件があったというが、犯人がまだ見つかっていないのだから」
秋生は、敬礼後、葵を探しに、校内へ入っていった。
 
今日は、部活は、とりやめになったのだろうか。
葵は思った。いつもなら、誰かが使っていて明かりがついているロッカー室が、真っ暗だった。
だが、電気のスイッチを探すよりも、さっと急いで入って荷物を取ってくるほうが早いと思ったので、そうした。
荷物をとってきて、引き返そうと思ったとき、
気のせいだろうか、入り口の脇に、誰かがいるように見えた。
「船場くん・・・?」
返事はなかった。葵は、とっさに後ずさった。
「・・・瑞樹葵さんですね」
顔は見えなかった。二人の男が、立っていた。
「警視総監の命令で、あなたを迎えに来たのです。さあ、急ぎましょう」
男は、葵の腕をつかむと、有無を言わせずに歩かせた。

「瑞樹さーん!おかしいな、どこへ行ったんだろう」
秋生は、教室に来る最短距離を探した。
それから、遠回りで一周した。どこにも彼女の姿はみあたらなかった
。もう帰ったのかも知れない。
廊下を引き返して、昇降口にいた警備員の姿を探したが、すでに別の者と交代していた。
交代後の警備員は、女の子は見ていないという。彼女の携帯に電話をしても、電源がついていないためかかりません、のアナウンスが流れる。
不穏な気配がする。何かあったのか。彼女が、何も言わずに帰るとは思えない。
秋生は、新庄舞子の携帯に電話した。
「もしもし、俺、船場です」
「あ~!なに?なんか用?」
「瑞樹さんのことなんだけど、もう家に帰ってるかな」
「えっ!?なんで?」
秋生は、事情を話した。新庄舞子は、すぐさま、彼女の親に連絡すると言い出した。
「葵はね、前に、誘拐されたことがあるのよ!彼女の親が、有名なもんだから!船場くん、そのまま、もう少し学校を探して!またすぐ、連絡するわ」
電話を切った後、秋生は、走った。すでに前方が見通せない程暗くなり始めた廊下に、電気はついていない。再び教室へ入っていって、彼女のロッカーを見たが、そこに荷物はなくなっている。そういえば、彼女はジャージだったから、着替えて帰るはずじゃないか。秋生は、暗い階段を駆け下りて、体育館へ向かった。
 女子ロッカー室の戸を開けようと思い、ちょっと迷った。俺は変態じゃないぞ、非常時でも、そんなことを考えてしまう自分が、ばからしい。
「瑞樹さん、そこにいるの?」
中に入る前に、声をかけたが、返事はない。電気のスイッチをつけると、床に、彼女の荷物が転がっていた。
 彼女はいなかった。やっぱり連れ去りにあったのだろうか。そこへ、新庄舞子から、再び連絡があった。
「船場くん、今ね、葵のお父さんに連絡したの。そうしたら、すぐに、人をやらせるって!警察官には、まだ言わないでくれって言ってたわ。船場くん!大丈夫?」
「彼女の荷物がロッカー室に落ちていたんだ。なにかあったに違いないよ!」
「ねえ、船場くん、かばんの中を開いてみてよ。なにかメッセージが残してあるかもしれない。あの子、いつも重要なことはね、手帳に書いてるのよ。携帯とかも持ってるんだけど、電気ものは、水に濡れたらおしまいだからって」
「わかった」
秋生は、かばんを開き手帳を出して、表紙を開いた。中にはちいさな文字でぎっしりと、彼女の思いつき、予定や報告などが書かれていた。だが、あまりじっくり見ちゃいけない気がして、ぱたりと閉じた。
「新庄さん、とにかく「俺は、屋上を見てくるよ」
「わかったわ。あたしも、今からそっちへ行くわ」
秋生は、携帯を閉じ、屋上へ続く階段目指して、廊下を走った。

 瑞樹葵は、いわゆる有名人の子だった。父親は、防衛省の大臣を務めたことがあり、名が知れている。彼女が、この警察学校にいることは、よく考えたら不思議以外の何者でもない。なぜ、政府主要人物の娘が、警察学校に通っているのだろうか。彼女の意思なのか?それとも・・・?まったくわからないことだった。彼女とは、実際のところプライベートな話をしたことがなかった。今日、はじめてその機会が訪れたはずだった。それなのにこんなことになってしまった。犯人は、絶対につかまえてやる。そして、瑞樹さんのことは、俺が、必ず助ける。秋生は、階段を上りつめ、屋上へのドアを開けた。

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屋上には、強い風が巻き上がっていた。
轟音ではりつめた空気に耳を覆ったとき、頭上でヘリコプターが飛び去るのが見えた。
へリコプターは、高層マンションの上で姿を消した。
秋生は、校舎には、葵がいないだろうと確信した。
今や彼女は、空の上、そして、高層ビルのかなたへ消えてしまったのだ。


葵は、超高層女性専用マンションの最上階に住んでいた。
それというのも、エリート官僚である父親の意向が働いて、娘が安全に暮らせるようにとの配慮があってのことなのだが、葵にとっては、ありがたくなかった。
空の上に住むとなれば、まさかの時に、例えば、火事のときなどに、脱出するのが難しい。
父親は、「そういう時は、直ちに電話をくれれば、空から助けられる」などと言っていた。
「いつでも監視しているから、護衛官をつかせるから」と言ったのを、葵は、思いっ切り拒否した。
やっと、親元を離れてひとりで暮らそうと思っているのに、それはないでしょ。
それに、あたしは、一人で勇敢に悪者と戦えるようになるために、警察官になるんだから。
だが、父親は引かなかった。父親の国政に携わる任期が終わるまでは、何があるかわからない。
だから、それまでは、言うとおりにしてくれと言うのだった。
結局、部屋の内外には監視モニターがつけられ、いつ何時不審者が現れるかわからない場合に備えることになった。
そして、護衛官は、基本的につけないことになっていたのだったが・・・。
葵は今、父の護衛官にヘリコプターに乗せられ、自分のマンションの屋上へ運んでいかれるところなのだと思っていた。
 ところが、事態は違っていた。彼女が気づき始めたのは、自分のマンションの上を通り越したときだった。
「ねえ、旋回、旋回。うちのマンション、あっちよ」
すると、隣に座っていた緑髪の男が言った。
「君を、安全なところへ連れて行きますよ。瑞樹葵さん」
「あたしね、あなたのこと、見たことあるわ」
「僕のこと?」
「あなたは、1年前に雇われた父の護衛官。あの時採用された人はあなただけだった」
「人違いでは?」
「え?絶対そんなことないのにな」
葵が絶対という時は、ほぼ確実だった。
直観力と知覚力がずば抜けているのだ。
反面、分析、数字力には弱いのだった。
「君の髪は、本当に美しい金の髪ですね」
パイロットの銀髪の男が、話をそらすように、振り向いて言った。
(きゃ!)
葵は、びっくりした。
パイロットの口から長い舌のようなものがほんの一瞬、しゅるっと飛び出したのを見逃さなかったのだ。

(この人達、表向きは優しいけれど、やっぱり、連れ去りだわ。パパの部下だってことを隠そうとし二枚舌を使っているもの!怖いわ!誰か助けて!ペシペシッ!(自分の頬を打つ)何言ってるの、あたし。誰かに頼ろうとしちゃだめ!だって、あたしは警察官の見習いよ。自分の身ひとつ、守れない婦人警官なんて、ちゃんちゃらおかしいんだから)
この空の上で、もがいてもどうにもならないことは、わかっていた。
「混血児ならではの輝きですね」
葵は、話をして気を紛らせた。
「お母さんが、アメリカ人だから。もう死んじゃったんだけどね。髪を他の色に染めるつもりもないわ。お母さんの忘れ形見だから。でもね、髪の色で「混血児」だなんて、決め付けちゃよくないんじゃ?このご時勢、髪の色なんかで人種の見分けはつかないもの。知ってるでしょ?染毛技術に革命が起きてからは、髪の色なんていくらでも変えられるのよ。それに、目の色もね」
すると、緑髪の男が言った。
「だめなんですよ。混血じゃないと。あなたのような美しい金髪は、またとないエサと・・・」
「エサ?」
「エッサ、ホイサ、ドッコイサ」
緑髪の男は、すごい誤魔化しようだった。
葵は、なんだかよく飲み込めなかったが、とにかく、それからは、黙って窓の外を眺めていた。
夜景が綺麗だった。
(船場くん、あたしがいつまでも出てこないから、あきれて帰っただろうな)
そして、ヘリコプターは、人里はなれた場所で降下したのだった。


 その頃、船場秋生と新庄舞子は落ち合い、瑞樹葵の父に、電話で事情を話していた。
「高層ビルの上空に、ヘリが現れたと?」
「はい。瑞樹さんは、屋上からヘリで、上空へ連れ去られたのだと、僕は思います。学校中をくまなく探しましたが、見つかりませんでした。僕がもう少し早く屋上へ行っていたら、彼女を助けられたかも知れません。申し訳ありませんでした」
「いや、わかった、ありがとう。あとは、心配しないで」
そして、電話の向こうで、指示を与える言葉が矢継ぎ早に聞こえ、まもなく、電話は切られた。
この時、大勢の警察官が、学校中を探しても、彼女がいないことが確認され、
付近に連れ去りを目撃した人がいないかどうか、あたっているところだった。
2人は、校門の前にいた。新庄舞子は、心配そうに空を見上げた。
「あの空のあっちへ、あの子が連れ去られたっていうのね?ヘリを目撃している人はたくさんいたはずよね。だから、きっと犯人は捕まるわ。でも、犯人も馬鹿よね。そんな大それたことをして誘拐するなんて。あの子、大丈夫だといいけれど。船場くん~、どうして一緒に、校内について行かなかったのよ!?」
新庄舞子は、怒っていた。
「今となっては!ほんとごめん!俺が一緒に行ってあげていれば、こんなことにはならなかったんだよね。本当にごめん」
「わっかんないわよ。もしかしたら、葵だけ連れ去られて、あんた殺されてたかもしれないじゃん。不思議なのはあんたたち、一緒に行動するほど、仲良かったっけ?」
「今日、学校の渡り廊下から、彼女の姿が見えたんだ。そしたら、W発見の地に、彼女がひとりで入っていくのが見えたからさ、危ないと思って急いで追いかけたんだ」
「W発見の地?ってなによ」
新庄舞子も、その存在を知らなかった。
「Wっていうのは、本当は、wormという虫のコードネームの略なんだ。アメリカの奥地で見つかった巨大生物なんだけど、今、日本の各地に出没しているんだ。新庄さんも、知らなかったの?」
「あたし、虫って大っきらい!虫の話なんか聞いたって忘れようと努力するわ」
「君ら、特殊班に選ばれたらどうすんの?」
船場秋生は、苦笑した。
「Wには、特殊班が組まれているんだ。でも、Wの根こそぎ駆除は、まだできていない。アメリカのチームが、殺虫剤を開発していて、日本にも輸入されたけれど、それがじつは、人体に悪影響を与えることがわかって、開発が中止された。今、日本のチームが、開発しているところなんだそうだよ。もし殺虫剤が開発されたら、特殊班の仕事は、深い土壌へ穴を掘って、Wをおびきよせ、駆除し、死体を焼くという作業になるんじゃないかな。虫が嫌いじゃ絶対、つとまらない気持ちわるい仕事だよ」
「そうね。ああ、気持ちわる・・・。でも、世の中には、変態もいるからね。そういう人が特殊班に行けばいいのよ。虫好きなやつがね!あっ、でも逆に、虫好きじゃ、虫を殺せないから、もっとだめか!」
「考えたんだけどさ、この近辺に、ヘリが降りられる場所ってそうそうないと思うんだ。ヘリの飛んでいった方角に、Wの研究所があるんだけど、そこへ行ってみようかと思う。今夜、彼女が無事に見つかるまで、いてもたってもいられないから。そうだ、彼女のこと、もうテレビで報道されてるかな?」
「ちょっと待って、わたしワンセグ持ってるから」
新庄舞子は、携帯のテレビをつけてチャンネルを合わせた。
「今日、確か、マンションで殺人事件があったよね?警備の人がそう教えてくれたから、俺、急いで彼女を捜しに、校内へ入ったんだよ」
「・・・そんな事件、あたし知らないわ。ニュースでもやってないわ。それ本当なの?」
「本当だよ、警備の人が、そう言ってたから・・・ん、待てよ?」
もしかすると、警備の人が、嘘をついていたとしたら?瑞樹葵が教室のほうへ歩いていったというのも、僕を騙すための・・・?
「真っ赤な嘘だ!」
秋生が言うと、
「なによ、どっちなのよ?本当?真っ赤な嘘?」
新庄舞子は、片目をつぶって怪訝そうに言った。
「ごめん!俺、真っ赤な嘘に騙されたんだ。くそーっ!」
「なんなのよ、あんた。今頃気づいても、遅いでしょうに」
あきれる新庄舞子の車に乗って、2人は、W研究所へ向かった。

「ねえ、船場くん、研究所って山の中でしょ。あたし、道わかんないわよ」
「じゃあ、替わって!俺が運転する」
「安全運転でよろしく」
「な?そんな場合じゃないよ。急がなきゃ!」
「たぶん、葵は大丈夫よ。あの子、ああ見えて、危機にはめっぽう強いのよ。持って生まれた危機察知能力でね。船場くん、ちょっと落ち着きなさいよ」
「落ち着いていられるかよ!」
秋生は、山道のカーブを、スピードをつけてまわった。
「きゃあ、怖い!死ぬ死ぬ、殺す気!?ねえ、運転変わって!あたしが、運転する~!」
「ちゃんとつかまってて!」
山道を登りきると広い道になり、W研究所が見えた。
案の定、ヘリポートにヘリが止まっていた。
「あれは、葵パパのヘリよ。護衛官がここに来てるんだわ」
「待って!近づかないで。裏から回ろう」
研究所の裏は、草だらけだった。
「嫌よ、こんなとこ、虫に刺されちゃう!」
「あぁ、じゃあ新庄さんは、車の中から見張ってて!もし誰かが近づいてきたら、携帯に着信して、かまわず逃げていいから!」
「あれれ?いいこと言うわね。警官見習いだけのことはある。って、あたしもそうなのよ!逃げたりするもんですか!」
2人は、裏から回り込んだ。
すると、電気がついている部屋がひとつだけあった。
一階の南側の部屋だった。カーテンの隙間から中が見えた。
 
「勝手にパパのヘリを使って、あたしを連れてきちゃったんでしょ。一体なんの用?」
W研究所の部屋では、緑髪の男と銀髪の男が、腕組みをして、並んで立っていた。
「この世は本当にすばらしい。僕たちは、あらゆる生物のピラミッドの頂点に立っているのです。人間だけがこの世を、支配することができるのです」
「瑞樹葵さん、あなたはとても優しい人です。あなたの母上の血を受け継いでいます。過去に僕たちの父が、あなたの母上に出会い、一目ぼれをしたのです。あなたの母上の研究により、僕たちは、地球上で生きていけるようになりました。そして、混血により、僕たちは、種の保存ができ、ともに生きていけるのです」
 銀髪の男が、ゴーグルを外して顔を見せ、葵の前へ手を差し伸べた。
「僕は、リチャードといいます。さあ、僕たちの平和のために、力を貸してください。あなたのお母さんがそうしたように。あなたになら、それができます。僕と一緒に地上に楽園をつくりませんか。子孫を増やし、新しい人類のために手に手を取り合って生きていくのです」
葵は、言った。
「リチャード・・・?あなたは、さっき、あたしを助けてくれた警官さんね・・・。あたしが、怪物に襲われたときに、助けてくれた・・・。あたしも、あなたに一目ぼれをしたみたい。これって、運命なのかしら・・・」
葵は、銀髪の男の手に自分の手を重ねた。


 カーテンの隙間からその様子を見ていた秋生は、窓の外から思わず叫んだ!
「瑞樹さん!だめだ!そいつは、嘘つきだ!」
葵は、はっとした。あの時、真っ先に駆けつけてきてくれた人が、もうひとりいた。
船場秋生だ。葵は手をひっこめた。すると、銀髪の男が、その手を強くひっぱった。
「迷ってはだめです。さあ!」
「あ!」
銀髪の男は、葵をお姫さま抱っこすると、別の部屋へ連れて行った。
「ちょっとちょっと!何。あのいい男は!あれが、本当に誘拐犯なの?いいなぁ!葵ばっかし」
「でもおかしいだろう?瑞樹さんの親父が知らない間に、ヘリを盗んで連れて来たんだ。正常なやつのすることじゃないよ!見てくれに騙されないで!」
「そうね!あたしったら。でも、あんなにいい男だったなんて」
「とにかく、早く助けなきゃ!」
「窓ガラスを割っちゃえ!」
秋生が、大きな石を、テラスの窓へ投げつけた。
「だめだ!びくともしない」
「どいてて!」
新庄舞子が、走って行き車のエンジンをかけ、そのまま車ごとテラスの窓ガラスへ突っ込んだ!
「凄え!サンキュー!」
秋生は、葵が連れて行かれた別の部屋へダッシュした。
緑髪の男が行く手を阻んだ。
秋生のボディーブローの一発に、相手は声も出ない様子で、へたり込んだ。
そこで、2人が目にしたのは、人から姿を変え、地面をはいつくばって逃げていくWの姿だった!


銀髪の男と葵は、星降る草原の上で語り合った。
「葵さん。僕と一緒に、ここで新世界をつくりましょう。春になれば、このあたり一面に、ひなぎくの花が咲きます。僕はここで、あなたと一緒に暮らしたい」
「素敵ね、リチャード」
2人はぴったりと寄り添い、東の空から登ってきた満月を眺めた。
「あなたの髪は、美しい満月のようです。僕にひと房下さいませんか」
「あたしの髪を?」
葵は、自分の髪を一本抜いて、リチャードにあげた。
するとリチャードは、その髪を唇にあてた。すると、リチャードの口から、細い舌がちょろちょろと出たり入ったりした。それを見て、葵は、夢から覚めたように思った。そうだわ、この人は、人間の皮をかぶったなにか別のものに違いない。
そして、めくれたスカートを直した。
「ゆっくりと聞いてね、リチャード。あなたは何者なの?人間は、そんな風に舌を出したりしまったりしないのよ」
「すみません。それが嫌なら、やめます。僕は、あなたのことが好きで、一緒にいたいと思っているのです」
「本当?それなら、本当の姿を見せてね」
「それはできません」
「どうして?」
「あなたの母上は、薬の研究をしていました。それが、偶然にも、僕達の進化を促す結果となったのです。僕たちは、意識を持つようになり、そして、人を愛することもできるようになりました。僕は、あなたが好きですが、本当の姿は見せられないのです。この意味が、わかりますね?」
「お母さんは、殺虫剤を作っていたのよ。アメリカの研究所で・・・」
葵は、震えだした。
「あなたは、虫なのね?」
銀髪の男は、悲しそうに、草原の向こうへ走っていった。
「さようなら、葵さん」
そして、Wに変身して、地上高く飛び跳ねると、地を這って行った。
「きゃぁぁぁ!」
「葵!」
新庄舞子が、声を聞きつけて、走ってきた。
「舞子ちゃーん・・・。」
「大丈夫?よかったぁ、無事で」
「・・・うう」
葵は、涙を流して、舞子の胸に顔をうずめた。
そこへ、秋生が、かけつけた。
「瑞樹さん、大丈夫だった?ごめん!俺が、守ってあげられなくて」
「船場くん、ごめんね、あたし、いきなりいなくなってびっくりしたでしょ?いい加減なやつだって」
「そんなわけないよ!」
「あのね、信じられないことだけど、リチャードは、あの、マンション建設予定地であたしを助けてくれた警官だったの、そして、Wの仲間だったの」
「やっぱりそうか。擬態していたんだね、もうひとりがそうだったから・・・もしかしてと思ってた」
「リチャードは、ひなぎくの咲く草原の上で一緒に暮らそうって言ってくれた。あたしが本当の姿を見せてって頼んだら、それはできないって、草原の向こうへかけてってしまった。そして、あたしから、ずっと遠く離れたところで、Wになったの・・・」
舞子が、口をとがらせた。
「Wってさ、結局人間に擬態する虫ってことよね?じゃあ、さっきのイケメンが、じつは虫だったってことじゃん?それって、世の中の女子はみんな気をつけなくっちゃいけないってことよ?だって、虫があんなに素敵なら、誰だって恋しちゃうわ。葵だけじゃなくって、みんなよ。Wはそんなこんなをわかってて、イケメンに擬態するのかしら・・・?だとしたら、すでに、虫だと知らずに、結ばれた人達が大勢いてもおかしくないってことだよね、超こわくない!?あら?ふたりとも待ってよ!」
「瑞樹さん、ひとりで歩ける?よかったら俺におぶさっていいよ」
「大丈夫だよ、船場くん倒れちゃうよ、あたし重いから」
「平気、平気!よいしょっと」
「ちょっと、あんたたち、あたしが一生懸命しゃべってんのに聞いてないってどういうことよー!」
葵は、心の整理をつけなくてはならなかった。
さっき会ったばかりの青年に恋をして、そしてもう失恋したのだ。
それも、相手はなんと、虫だった。
でも、そのこと以上に驚いていることがあった。
それは、Wが、星や花を愛で、ロマンチックな感性を持っていたことだった。
(あたし・・・わからなくなってきたよ。人は、虫を気持ち悪いといって平気で殺すけれど、でも、リチャードは・・・虫は、あたしのことを、好きだといって大事にしてくれた。今思うと怖いけど、でも・・・)
今少し、泣きたい気持ちだった。船場秋生の背中の上を借りて、もうしばらくの間だけ、そっとしておいてほしかった。
 やがて、警察のパトカーがやってきたが、それは舞子の事故車を処理するためだった。
「もー、なによぉ!あたしが一番被害こうむってるじゃん!」
「ごめん!舞子ちゃん。なんかおごるから!」

南中に、満月が昇っていた。3人は、迎えに来た葵の護衛官の車に乗って、家路へついた。



2008-03-25 00:18  nice!(0)  コメント(0) 
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短篇小説 W   別天地へ行け

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